カテゴリー「International Football (世界のサッカー)」の47件の記事

2009年10月 8日 (木)

チャンピオンズリーグ09/10 インテル対バルサ

チャンピオンズリーグ09/10のグループリーグ、インテル対バルサの試合を見た。

ホームのインテルファンもバルサの強さを認めているようで、内容的にはバルサの圧倒的勝利。ポゼッション率では67%対33%と圧倒的にバルサだった。シュート数でもバルサはインテルの倍の8本。ただ、このうち枠に飛んだのは4本で、インテルも4本中4本枠に飛ばしていた。内容的に完全にやられていたとはいえ、インテルはぎりぎりで守りきり、あわよくばカウンターで得点を狙っていた。結局0-0のスコアレスドロー。

EURO2008の決勝トーナメントのスペイン対イタリア戦でも、イタリアはガットゥーゾとピルロを出場停止で欠いていたけど、優勝したスペイン相手に120分守りきり、PK戦まで持ち込んだ。GKのファインセーブや相手のシュートミス、試合の流れなどもあると思うけど、イタリアのチームは圧倒的に不利な試合で勝ち点を取るイメージがある。

アウェイでもどんな相手でも自分たちのサッカーができる今のバルサは面白いけど、そういうことができるチームはほんの一握り。どのリーグでも、半分以上のチームが優勝を狙うより残留を意識して戦っているのが現状。まあ、面白い試合をたくさん見たいけど、全部が全部そういうわけではないので、いろんなチームを見ていろいろと学べると思う。

バルサ戦後、モウリーニョ監督がコメントしてた:
バルサは長年にわたり一つの流派を作り出した。我々もこれから一つの流派を作り出していきたい。ボールを持たずにゲームを支配するのも簡単ではない。

と、負けず嫌いの最大のポジティブ思考。

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2009年4月27日 (月)

プレミアリーグ観戦 アーセナル対ミドルスブラ

ドイツの友人グスタボがロンドンの弟の所に行ってしまい、もうドイツには帰ってこないと言い出したので、やつを訪ねにロンドンに向かうことにした。ついでなので、プレミアリーグの試合を見れないかと思っていたら、イギリス在住の謎の代理人Mさんが知り合いに頼んでアーセナル対ミドルスブラのチケットを確保してくれた。

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<試合前のアーセナルのウォーミングアップ>

ロンドンを訪れるのは約7年半ぶり。前回はサッカーとは全く縁のない滞在だった。
プレミアの試合をスタジアムで見るのはこれが初めて。ドイツ在住のダイスケと田中君も一緒についてきた。

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<エミレーツスタジアムのゴール裏から>

3枚のチケットの場所はばらばらで、1枚がゴール裏(田中君)、1枚がタッチライン(ダイスケ)、1枚がハーフタイムにドリンク付きのゴール裏(俺)。ドリンクは飲み放題だけど、ハーフタイムだけなのでそんなに飲めない。

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<ハーフタイム>

ビッグ4(マンU、チェルシー、リバプール、アーセナル)の一角と降格争いをしているチームでは内容的に力の差は歴然。アーセナルは4-2-3-1のフォーメーションで、この冬から加入したアルシャヴィンが左サイドでキレキレだった。ファブレガスが2ゴール決めたけど、攻撃に関してはチーム全体がビルドアップとカウンターでいいアクションを見せてくれた。
守備に関しては若干もろい印象を受けた。特に、左サイドのギブスはまだ若くて、攻撃では勢いがあるけど、守備では相手にチャンスをけっこう与えていた。

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<ゴールを喜ぶアーセナルファン>

ドイツのマスコミでもたまに言われていて、今回初めて生で見てその通りだと思ったけど、ブンデスリーガと比べてプレミアリーグのほうがファールなどでレフリーが試合を止める場面が少ない。ブンデスリーガだと少しのファールで選手が大げさに倒れたり文句を言ったりするけど、そういったアクションがほとんどなく、選手たちが淡々とプレーしている気がした。

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<エミレーツスタジアム前で>

結局、ファブレガスの2ゴールでアーセナルがミドルスブラに2-0で勝利。
ビッグ4の中では予算も一番少なくリーグでの順位も4位ながら、若い選手が多いチームで今年はチャンピオンズリーグでもベスト4に残り結果を残している。いろいろと勉強になった。

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2009年3月18日 (水)

TSG 1899ホッフェンハイムの練習見学

ドイツで今シーズン話題となっているTSG 1899 Hoffenheim(ホッフェンハイム)の練習を見学してきた。ホッフェンハイムは、2007年にレギオナルリーガ(旧3部)からブンデスリーガ2部に昇格した後、すぐにブンデスリーガ1部に昇格。今シーズンのブンデスリーガの折り返し地点では、2部から上がってきたばかりのホッフェンハイムが首位に立っていた。

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<研修をしているトムと>

2005年のC級ライセンス講習を一緒に受講したトムと約4年ぶりに再会。ホッフェンハイムで研修をしていたので、今回練習を見に来るように誘ってくれた。

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<ミニコートでのゲーム>

前日にテストマッチがあったため、この日の練習は2グループに分かれて行われた。片方のグループはテクニックコーチと一緒に練習。このコーチはテクニックだけを担当しているらしい。他にも再分化が進んでいて、チームによっては、キーパーコーチ、フィジカルコーチの他にもメンタルコーチやヘディングコーチ、スローインコーチなどをそろえているところがあるらしい。

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<フォワードのオバシと>

チームが結果を残していることもあり、ホッフェンハイムからもドイツ代表に何人かの選手が召集されている。練習後、ナイジェリアのオバシと記念撮影。

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<できたばかりのスタジアム前で>

これまでチームの躍進にスタジアムの規模が追い付かず、今年になってようやく新スタジアムが完成。というか、まだ工事しているところが多かった。

後半戦、どうなるものか。チーム会長は、欲張らず5位以内を目指すと言っていた。

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2009年2月26日 (木)

2年半ぶりにグルノーブルをぶらつく

ボンジュール。
ミラノから列車で3時間半かけてフランスのグルノーブルに到着。
約2年半ぶりのグルノーブル。

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<バスティーユ要塞に向かう丸いカーブルカー>

見覚えのある丸いケーブルカー。
前回はこれに乗って上の要塞に乗り込んだ。

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<グルノーブル旧市街>

前回食事をしたと思われる旧市街のレストラン。
ドイツと比べるとやっぱり人も街の雰囲気も違う。
気分転換になる。

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<Grenoble Foot 38の練習風景>

フランス1部リーグのGrenoble Foot 38の練習を見学させてもらった。フランスリーグはフィジカルサッカーだとよく耳にするけど、グルノーブルはバリエーションのある攻撃をしていて、ドイツのブンデスリーガの同じくらいの順位のチームと比べても面白いサッカーをしている気がした。2部から昇格したばかりのクラブだけど、降格圏内に入ることなく頑張っている。

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2009年2月21日 (土)

ドイツU17 ハーレンフースバル・ケラミックカップ2009

 1月17日と18日に、ドイツのラインラント・プファルツ州モンタバウアで第27回ケラミックカップが開催された。ケラミックカップ(Keramik-Cup)とは、毎年1月に開催されているドイツU17カテゴリーで最大のハーレンフースバルのトーナメントで、ブンデスリーガの下部組織や海外のプロチームの下部組織が毎年参加している。

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<開会式>

 Hallenfussball(ハーレンフースバル)とは「室内サッカー」という意味で、冬の間リーグ戦が中断する時期に、プロ、アマ、ユース年代のそれぞれの大会がドイツ各地で行われる。ルールは地域や大会によって少し異なるけど、基本的なルールはキーパーを含めた5対5のミニサッカー。日本のフットサルと違うところは、スライディングタックルがありのガチンコ勝負で、フィールドの四方が1mくらいの壁に囲まれている。(会場によっては、サイドラインだけに壁があったり、片方のサイドだけ壁がある場合がある。)

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<ケルン対コブレンツ>

 
今年は大会に15チームが参加。ブンデスリーガからは、ハンブルガーSV、カイザースラウテルン、シャルケ04、フランクフルト、メンヒェングラートバッハ、ヘルタ・ベルリン、ドルトムント、ケルン、レバークーゼン、シュトゥッツガルト、カールスルーエ、TuSコブレンツ。海外からは、オーストリア・ウィーン、ブレンビー・コペンハーゲン。また、地元枠として、俺の所属しているWirges(ヴィルゲス)のU17チームも参加した。

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<ゴール横に控える選手たち>

 今年のケラミックカップは出場チームが増えたため、1試合が12分1本勝負(去年は15分1本勝負)。交代は何度でも自由で、交代選手は自陣のゴール横の壁の後ろに控えている。交代する時は、壁を飛び越えてフィールドに入っていく。

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<地元ヴィルゲス>

 ヴィルゲスは地元枠として毎年大会に参加している。毎年良い成績を収めていないので、今年も周りの強豪相手に初めはビビッていたけど、試合をやるごとによくなっていった。ブンデスリーガのチーム相手に善戦し、フランクフルトを退けて2次リーグに進出を決めた。

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<カールスルーエ対ハンブルク>

 大会は、FIAFA、UEFA、ドイツサッカー協会にもサポートされていて、熱戦が繰り広げられる。 

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<ちびっこのエキシビジョンマッチ>

 ブンデスリーガ2部に上がって2シーズン目で、開催地からすぐ近くのTuSコブレンツも今年は大会に参加。残念ながら1次リーグで敗退。

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<ジョウたちと観戦>

 埼玉県の川越水上公園の人たちも大会を視察に。大会を取り仕切るアルフォンスが元ヴィルゲスの会長だった関係で、来年は日本チームもケラミックカップに参戦。

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<健闘したヴィルゲス>

 15チーム中12チームが2次リーグに突破する。2次リーグは、3チームずつ4グループに分かれてのリーグ戦。それぞれのグループの上位2チームがベスト8に進出する。

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<PKの距離は9m>

 ベスト8に進出したチームは、カイザースラウテルン、ウィーン、ケルン、ハンブルク、メンヒェングラートバッハ、ベルリン、カールスルーエ、ブレンビー・コペンハーゲン。準決勝1試合目では、カイザースラウテルンがケルンにPKで勝利。もう一つの準決勝ではメンヒェングラートバッハがブレンビーに4-2で勝利。 

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<優勝したカイザースラウテルン>

 優勝はカイザースラウテルン、2位メンヒェングラートバッハ、3位はブレンビー、4位はケルンという結果に。

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<大会を取り仕切ったアルフォンス総統>

大会の映像はこちら 

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2009年2月 1日 (日)

ライニー ブンデスリーガのコットブスへ移籍

冬休みで中断していたブンデスリーガが1月30日に再開した。今年最初の試合はハンブルク対バイエルンの一戦で、1-0でホームのハンブルクが勝利した。

シーズン後半戦に向けて、ヨーロッパのチームは冬の間に選手補強を行う。この冬の間の移籍期間は1月31日までとなっていて、締切ぎりぎりになって新しいチームと契約する選手もいる。

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<コットブスのヤン・ライノホ(右)>

ブンデスリーガのサイトを見ていたら、最新情報のところに、現在ブンデスリーガ1部で18チーム中17位のEnergie Cottbus(エネルギー・コットブス)が新しい選手を獲得するという記事が載っていた。見覚えのある選手だと思ったら、昔チェコのプラハで一緒にプレーしたチェコ人のJan Rajnoch(ヤン・ライノホ)だった。

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<コットブスと契約したライニー>

ヤン・ライノホのあだ名はライニー。ライニーとは2003/04シーズンにチェコリーグのBohemians Praha(ボヘミアンズ・プラハ)で一緒にプレーした。やんちゃ坊主ぽいところもあったけど、当時から主力として活躍していた。

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<ボヘミアンズ時代のライニー>

ポジションは中盤の底で、テクニシャンというよりは潰し屋タイプ。思い切った攻撃参加で得点力もある。俺のチェコリーグデビュー戦でもライニーが2点目を決めて、ホームでの試合を2-0で勝つことができた。

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<ボヘミアンズでのデビュー戦後>

昔はチェコ2部リーグで一緒にプレーしていたが、ライニーは今ではチェコ代表にも召集され、最近の2試合に出場した。コットブスとの契約は今シーズンの終わりまでで、その後は契約延長のオプションも用意されているらしい。

ブンデスリーガデビュー戦では、首位のHoffenheim(ホッフェンハイム)と対戦して0-2で負けてしまったけどこれは仕方ない。試合のハイライトでは、相手選手の激しいタックルをくらってストッキングがびりびりに破れているシーンも流れていた。がんばれライニー。

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2008年12月21日 (日)

トヨタカップ パチューカ対リガ・デ・キト

チケットを2枚もらうことができ、モリクンと一緒に国立までトヨタカップを観にいくことなった。 キックオフまで時間がなかったので、渋谷からタクシーで向かうことに。タクシーを止めたら、モリクンだけ乗せて置いて行かれそうになった。

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観にいったのは、北中米代表メキシコのパチューカと南米代表エクアドルのリガ・デ・キト。
雨の中の試合だったけど、ちょうど屋根のある席だったのでよかった。満員ではなかったけど、結構な観客が入っていたと思う。

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<リガ・デ・キトのゴール>

メキシコのパチューカは一切ロングボールを蹴らなかった。攻撃の選択肢が少なく、途中でつぶされて決定機をほとんど作ることができず。ヨーロッパのサッカーとはまったく違いスピード感も感じられなかった。ほんとに違う。ずっとこの調子でここまで勝ち上がってきたのか。

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<去年もパチューカを見たというおっちゃん>

リガデキトは最近のヨーロッパサッカーのように、全員がボールより下がってコンパクトに守っていた。別にいつも見ているサッカーと何ら変わりはなかった。中盤の前線にはテクニックがあるアルゼンチン人のマンソが効いていた。
2-0でリガ・デ・キトガ勝利。

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2008年11月16日 (日)

U17ルワンダ代表とミヒャエル・ヴァイス

 ドイツサッカー協会とラインラントサッカー協会などのサポートにより、ルワンダのサッカーが強化されている。これまでも女子代表各年代の代表の合宿、指導者を対象としたコーチライセンス講習などがKoblenz(コブレンツ)のスポーツシューレで行われた。
 
 今回合宿を行ったのはU17ルワンダ代表。2009年にアルジェリアで行われるU17アフリカ選手権最終予選のブルキナファソ戦を目前にしての大事な合宿。

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<スポーツシューレで練習前>

 
ルワンダと始めて関わったのは、2007年にU18ルワンダ代表と対戦した時。たまたま自分の所属するWirges(ヴィルゲス)がルワンダと練習試合を行い、そのときルワンダの監督だったドイツ人のMichael Weiss(ミヒャエル・ヴァイス)と知り合った。その後、ミヒャエルは自分の参加したインターナショナルコーチングコースで講師を務め、それに参加していたルワンダのコーチたちとも仲良くなった。それ以来、ルワンダ関係がコブレンツにやってくると、ミヒャエルに会ったり合宿に顔を出させてもらったりしている。

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<グランドで指揮を取るミヒャエル>

 この日の練習は、次に対戦するブルキナファソや本選に参加してくるアフリカの強豪を想定して、球際での激しいプレッシングに重点が置かれていた。乗ったら怖いチームに試合のリズムを作らせないようにしたいとミヒャエルは言っていた。

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<最初と最後は円陣で>

 練習の最初と最後は円陣をしながらお祈り。練習の最後には俺も入るように言われ、円陣に加わった。

 11月8日にアウェイで行われたブルキナファソ戦は残念ながら1-2で敗北。しかし、まだホームでの戦いが残っているのでがんばって欲しい。

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<ミヒャエルと>

 ちなみに、ミヒャエルは日本での指導経験もあり、奥さんが日本人ということもあり、日本での活動場所も探している。これまでのルワンダでの実績が評価され、2009年までのルワンダとの契約はもう少し延長される予定だけど、常に日本での活動も視野に入れている。ミヒャエルに興味のあるクラブ関係者の方、ぜひご連絡ください。

Michael Weiss (ミヒャエル・ヴァイス)
1965年ドイツ生まれ、国籍ドイツ
ドイツS級ライセンス(2004年ケルンにて)
言語:ドイツ語(母国語)、英語(筆記・会話流暢)、日本語(会話流暢)、フランス語・スペイン語(ベーシック)

1995年:マインツ ヨハネス・グーテンベルク大学卒業(スポーツ科学)

1995年~96年:アメリカ バーミンガム・サザン・カレッジ(キーパーコーチング)

1996年~97年:アイゼンベルク コーチ・フィットネス・リハビリセンター

1997年~99年:スポーツアドバイザー 長崎県国見高校

2000年:アメリカ フォーゲルジンガー・サッカー・アカデミー

2001年~04年:京都パープルサンガ アシスタントコーチ
(2001年J1昇格、2003年天皇杯優勝)

2004年~06年:中国サッカー協会、Eckhard Krautzunアシスタントコーチ、独中サッカーアカデミーBad Kissingen(2008年中国オリンピックチームの立ち上げ)
(U20ワールドユース2005オランダ大会ベスト16)

2007年~:ルワンダサッカー協会 テクニカルディレクター(コーチ育成、ユース育成、女子チーム担当)、U18監督

<インターンシップ>
1997年:ガンバ大阪(トップ、ユース)
2003年:マンチェスター・ユナイテッド(トップ、ユース)
2004年:1FCカイザースラウテルン(トップ、ユース)
2004年:リバー・プレート(トップ、ユース)
2005年:アーセナル(キャンプ)
2005年:レアル・マドリー(キャンプ)

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2008年7月31日 (木)

第2回インターナショナルコーチングライセンスコース in Koblez

 昨年に引き続き、第2回インターナショナルコーチングコースが、ドイツサッカー協会やラインラントサッカー協会の協力により、コブレンツで開かれた。

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<グランドでのプラクティス>

 今年も、ルワンダ、セルビア、トルコ、日本、ハンガリーなどから参加者が集まり、教室とグランドで約3週間にわたり講習が行われた。授業はすべて英語で行われて、最後のテストに合格すればドイツのC級ライセンスがもらえる。

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<受講者チームでフレンドリーマッチに挑む>

 去年も少し顔を出しただけだったけど、今年もたまに顔を出す機会があった。受講者チーム対ドイツチームのフレンドリーマッチがあったので、それに駆り出されて一緒にプレーした。

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<受講者チーム(白)、ドイツチーム(赤)>

 相手はそんなに強くないチームだったけど、受講者チームは選手というよりもコーチの身なので、結構な接戦になった。半分だけ出場のはずが、フル出場に。

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<ハーフタイムに指示するミヒャエル>

 講習のほとんどは、ブンデスリーガ2部コブレンツのユース監督コリン・ベルが担当したけど、フレンドリーマッチでは、ルワンダサッカー協会テクニカルアドバイザー兼U18監督のミヒャエル・ヴァイスが担当した。ミヒャエルは国見高校や京都サンガでも指導に携わったことがあり、日本語も話せる。

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<女子ルワンダ代表キーパーコーチのジャンクロードと>

 4月にコブレンツで合宿を行った女子ルワンダ代表のキーパーコーチ・ジャンクロードもコースに参加していた。フレンドリーマッチではゴールを守った。結果はぎりぎり1-0で勝利。

 ミヒャエルはU18を引きつれて、8月の中旬にまたコブレンツに戻ってくる。ちなみにミヒャエルは日本で指導できる場所も探しているらしい。

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2008年6月30日 (月)

EURO 2008 決勝 ドイツ対スペイン

 ドイツが決勝進出した翌日、ロシア対スペインの準決勝をスペイン人のエヴァ・サンタマリアのところで観戦した。コブレンツには結構のロシア人が住んでいて、準々決勝でオランダに勝ったときもお祭り騒ぎしていたが、スペイン人は少ないらしい。

 グループリーグではロシアに4-0と快勝したスペインだけど、ロシアは準々決勝でオランダ相手に3-1で勝ってすごくいい試合を見せてくれた。ヒディングはまた株を上げたし、選手たちもスカウトの眼に留まる活躍をしていた。

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<ロシア対スペイン戦を観戦>

 2度目の対戦はどうなるかと思ったけど、スペインが先制して、スペインペースに持ち込んだ。最終的には3-0でスペインが勝利。街ではロシア人たちが落胆していたけど、俺たちはスペインの勝利を祝った。

 結局、スペイン相手に一番健闘したのはイタリアだった。カンナバーロ、ピルロ、ガットゥーゾを欠きながらPK戦まで持ち込んだ。イタリアは徹底して守ってカウンターとセットプレーで点を取りに行っていたのが見えたし、スペインは引いて守るイタリアに対して仕掛けまくっていたし、お互いの戦い方がはっきりしていて勉強になった。

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<スペインのゴールを喜ぶスペイン人のカルロス>

 いよいよ、ドイツ対スペインの決勝。決勝はドイツ人の友達のところで観戦。しかし、スペインに力の差を見せ付けられてがっかりしていた。ドイツサッカー協会もあのような終わり方に落胆していた。1-0の結果だったけど、スペインは結果以上に優勝にふさわしい戦いぶりだった。ドイツ人も納得。

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<優勝後、タキートスにて>

 これまで試合に勝ったあとはお祭り騒ぎだったドイツだったけど、決勝での敗北後はすごくおとなしかった。行きつけのメキシカンバー「タキートス」にエヴァたちスペイン人が集結していたので、一緒に優勝を祝った。俺はスペイン対イタリア戦はイタリアを応援していたし、決勝では自分が関わっているドイツを応援していたけど、まあ日本人だし。スペインはいいサッカーをしたと思う。

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<お祭り騒ぎのカルロス>

 ドイツはレーヴ監督が初の国際舞台だったけど、持ち駒をうまく使ってベストを尽くして準優勝という結果を出せたのはよかったと思う。ただし、大会前から試合経験の少ないレーマンやメッツェルダー、怪我気味の選手を使わなければいけないほどの選手層の薄さは改善していかなければならない。キーパーはこれからレバークーゼンのアドラーなどの若い世代が育ってくると思うけど、ディフェンス面では国際舞台に出ているブンデスリーガチームのスタメンのセンターバックはほとんどが外国人。ブンデスリーガに来ている外国人の中盤選手と比べても、今回のドイツ代表のメンバーに入っていたトロホウスキーやフリッツはあまりぱっとしない。何はともあれ、この辺はどうこう言ってもすぐに変わるものじゃないので、次のワールドカップまでにレーヴ監督がどういう風に代表を代えていくのかが楽しみ。

とにかく、EUROではいくつかいい試合を見ることができてまたいい勉強になった。

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2008年6月27日 (金)

EURO 2008 ドイツ対トルコ

 フランス以外の優勝候補といわれる国は、順当にグループリーグを突破した。グループCはイタリア、オランダ、フランスのどこかが1チームが敗退しなければならなかったけど、それでもフランスの出来は優勝候補とは程遠かった。(闘将マテウスの優勝国予想はフランスだった)

 ベスト8では、各グループの1位と2位が対戦したけど、ベスト4に勝ち上がったドイツ、トルコ、ロシアはともにグループリーグを2位通過。予選で圧倒的な結果を出したオランダはロシアにあっさり負けてしまった。前評判やグループリーグでの結果は、全く当てにならない。大会を通して唯一安定していたのはスペインのみ。

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<コブレンツの行きつけのケバブ屋>

 準決勝のドイツ対トルコ戦をKoblenz(コブレンツ)の街で観戦。行きつけのケバブ屋を通り過ぎると、トルコのサポーターが集まり始めていた。店員のにーちゃんも地元のチームでサッカーをしている。ドイツに最も多く住む外国人はトルコ人で200万人くらいいるらしい。

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<トルコに勝利後のコブレンツ>

 ドイツはポルトガル戦でフリンクスを怪我で欠いたけど、中盤の底にロルフェスとヒッツルスペルガーをおいてポルトガルの攻撃に備えた。この判断はDFB(ドイツサッカー協会)でも高評価だったらしいが、試合内容にはそこまで満足していないらしい。ドイツ国外では、グループリーグで調子の良かったポルトガルが勝つと予想していた人が多くて、そのポルトガル相手に3-2で勝利したんだから良かった、という国民の雰囲気だったけど、実際には2点がセットプレーによるものだった(3点目のバラックのゴールはファール)。

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<トルコに勝利後のコブレンツ②>

 準決勝はドイツ対トルコ戦が実現。トルコ人は荒っぽいとかえげつないとか言う人もいるけど、俺の知っているトルコ人はみんな人懐っこいし面白いやつが多い。だが、確かに熱くなりやすいかも。

 これまで粘って勝ち抜いてきたトルコだが、この試合では負傷者や出場停止の選手が続出していた。しかし、先制したのはトルコ。ドイツは後半に何とか逆転するも、トルコはまたまた終了間際に同点に追いつく。この粘り強さには、ドイツ人も脱帽だった。

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<トルコ戦に勝利後のコブレンツ③>

 最後は、2失点目にからんだ左サイドバックのラームが、勝利を決定付けるゴールを決めてドイツが3-2で勝ったけど、ボール支配率ではトルコが上回っていた。DFBの分析でも、あの試合はトルコが勝つべきだったという意見が挙がっていた。

 何はともあれ決勝進出を果たしたドイツは、試合後お祭り騒ぎ。コブレンツの街でも何でもありの状態になり、夜中までずっと車のクラクションが鳴り響いていた。サッカーに興味がなくて街に中に住む人にはさぞかし迷惑だったと思う。

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2008年6月26日 (木)

EURO 2008 フランス対イタリア in チューリッヒ

6月17日、再びチューリッヒに舞い戻る。

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<チューリッヒ駅前>

グループCでは、オランダがグループリーグ突破が決まっているけど、残りの3チームはグループリーグ最終戦の結果によって準々決勝進出が決まる。
ワールドカップ優勝、準優勝国のイタリアとフランス両国、もしくは片方がグループリーグ敗退となる。

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<チューリッヒの旧市街>

チューリッヒではどちらかと言うとイタリアファンをよく見かけた。

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<イタリアのバンド>

ファンゾーン周辺ではイタリアなどのバンドがライブを行っていた。

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<ファンゾーン前>

昨年6月、オランダで行われたU21のヨーロッパ選手権のイタリア対チェコ戦を観にいったけど、そのときのイタリアのメンバーから3選手が今大会にエントリーされている。そのうち、Chielini(キエリーニ)は負傷のカンナヴァーロに代わってすべてスタメン出場を果たした。

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<スタジアム周辺で喜ぶイタリアファン>

 Letzigrund(レツィグルント)スタジアムで行われた試合は、フランス攻撃陣で一番可能性のあるリベリーがいきなり負傷退場。さらにアビダルの退場などもあり、結局イタリアが2-0で勝利。ルーマニアがオランダに負けたので、イタリアが2位でグループCを通過した。

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<インタビューに答えるフランスファン>

 6月7日から仕事の関係でスイスに滞在していたけど、結局スタジアムで試合は一度も見れず。スタジアムが小さいのと、すべてが好カードなのでワールドカップよりもチケットが手に入りにくい。ブラックマーケットだと5倍、10倍の値段に跳ね上がっていた。あとは家に帰って決勝トーナメントをゆっくり見たい。

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2008年6月24日 (火)

EURO 2008 シャフハウゼンのライン滝

 6月16日、フランスのMuelhouse(ミュールーズ)からスイスを抜けて、ドイツのKonstanz(コンスタンツ)に移動。

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<シャフハウゼンのライン滝>

途中、スイスのSchaffhausen(シャフハウゼン)に立ち寄り、Rheinfall(ライン滝)を見学。
ライン川は前長1320キロあるらしいが、ライン川の本流で滝になる場所はここだけらしい。

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<船で滝に近づく>

滝はかなりの勢いで水しぶきを上げているけど、船で近くまで近づくことが出来る。
高さは20メートルほどだが、横幅は約150メートルで、ヨーロッパでも最大級。

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<コンスタンツの船着場>

ドイツのコンスタンツに到着。コンスタンツはボーデン湖に位置する街で、ボーデン湖はスイス、オーストリア、ドイツの国境に位置している。ボーデン湖にはスイスからライン川が一旦流れ込み、そこからさらにドイツ方面へと流れていく。

コンスタンツからチューリッヒへ、グループC最終戦のフランス対イタリアを観戦しに行く。

つづく・・・

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2008年6月22日 (日)

EURO 2008 スイス対ポルトガル in バーゼル

 6月14日、グリンデルヴァルトからバーゼル近くのミュールーズへ移動。ミュールーズはスイスとの国境付近にあるフランスの街。バーゼルまでは約35キロだが、検問に引っかかるとめんどくさい。

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<ミュールーズ駅前>

 6月15日、ミュールーズからバーゼルのSt. Jakob Parkというスタジアムに移動。スイス対ポルトガル戦が行われた。

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<バーゼルの旧市街にある市庁舎>

 グループAは、ポルトガルが2勝して準々決勝進出が決定。相当のメンバーを落としてきた。対するスイスは、開催国ながらグループリーグ敗退が決定して盛り上がりはいまいち。開催国としてせめて1勝が欲しいところ。

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<各開催都市にあるファンショップ>

 試合が開催される各都市には、大きなファンショップが建てられていた。どこも売っているものはあまり変わらないが、スイスの敗退が決定してか、スイスグッズが大量にたたき売りされていた。

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<中継用のスタジオ>

 大会期間中、天気はあまり良くなかったけど、これまで訪れた試合会場では雨が降らなかった。が、今回に関してはずっと雨。ファンショップで折りたたみ傘を購入した。

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<試合前に集まるスイスサポーターたち>

 スイスは、怪我で欠場したエース・フライに代わって、ベテランのハカン・ヤキンが2得点と奮闘。スタメンクラスのほとんどをベンチに置いたポルトガル相手に2-0で勝利。スイスは最後に大会のうっぷんを晴らすことができた。ポルトガルはこの敗戦がトーナメントの今後にどう影響するか?ここで少し歯車が狂ったと思う。

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<試合後のザンクト・ヤコブ・パーク>

 グループAのもう1試合は、トルコ対チェコの1勝1敗対決。引き分けなら得失点差でトルコが通過。点を取りに行かなければならないチェコは、計算どおり2点をリード。しかし、粘り強くトルコは攻め続け、これまでよく守っていたチェコのGKチェフのミスもあり、終了間際には逆転に成功する。

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<開催国スイスのユーロは終了>

 トルコは中盤に技術のある選手を集め、ゲームの主導権を握る。ディフェンス面に安定感はあまりないが、みんな気持ちが入っていて勢いに乗ると怖いチーム。いつも全力を出し切っている感があるのがいい。

つづく・・・

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2008年6月19日 (木)

EURO 2008 オランダ対フランス in ベルン

 6月13日、約80km離れるグリンデルヴァルトからベルンへ移動。Stade de Suisse Wankdorfというスタジアムでオランダ対フランス戦が行われた。

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<スタジアム周辺の家>

 グループCの初戦でイタリア相手に3-0で勝ったオランダはかなり前進。一方、ルーマニア相手に勝利が必要だったのにもかかわらず、0-0で引き分けたフランス。準々決勝に進出するには、残りのオランダ、イタリアの強豪相手に勝利が必要になってきた。

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<スタジアムへ向かうオランダファン>

 オランダは初戦で大勝して勢いに乗っている。フランスはいまいちチームが機能していない感じがした。ベテランと若手の融合ができていると言われていたが、センターバックのベテランはスピードに衰えを感じるし、中盤でジダンの抜けたは穴はやっぱり大きい。

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<休憩>

前回のオランダ対イタリア戦の時と同様、ベルンにはオランダファンがわんさか詰め掛けていた。ちなみに立ちションは罰金。 今大会では大会前からきつく言われていた。

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<アピールするフランスファン>

 ほぼオレンジの中に、たまに青のフランスファンを見かけた。少数派でも自国を堂々とアピール。みんな仲良くやっていた。

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<オランダだらけのベルン旧市街>

 旧市街に入ると、チケットを持たずにきたオランダサポーターだらけ。パブリックビューイング付近はぎゅうぎゅう詰めだった。ちなみに旧市街は世界遺産に登録されている。

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<試合を見つめるフランスファン>

 オランダ対フランス戦が始まる前に、パブリックビューイングで同じグループCのイタリア対ルーマニア戦を観戦。
 トニのヘディングシュートが誤審オフサイドで無効になったが、あれが決まってればトニももう少し勢いに乗れたかもしれない。ルーマニアはムトゥがPKをはずす。こういうワンチャンスを決めないとトーナメントは勝ち進めない。この瞬間ルーマニアは終わったと思った。イタリアはブッフォンに助けられた。ここがこのグループの分かれ目だったと思う。
 
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<完全にフィットしていなかったサニョール>

 フランスはオランダかイタリアから最低でも1勝しなければならない。が、9分に早々ゴールを決められる。その後、アンリのゴールで勢いに乗るかと思ったが、1分後にロッベンにゴールを許しテンションはがた落ち。結局、ロスタイムにも1失点し、4-1でオランダがまたまた快勝。

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<フランスの頼みの綱、リベリー>

グループCはオランダが抜け、残り3チームが準々決勝進出をかけて最終戦を戦う。イタリアのカンナバーロを欠いたディフェンスラインにはそろそろ安定し始めてほしい。

つづく・・・

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2008年6月17日 (火)

EURO 2008 スイスアルプス グリンデルヴァルト

 6月12日、Montreux(モントルー)からGrindelwald(グリンデルヴァルト)に移動。グリンデルヴァルトは標高1000mほどにあるスイスアルプスにある観光村。人口は約4000人。

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<グリンデルヴァルト>

夏はハイキング、冬はスキー客などで賑わうらしい。周りは4000m近い山に囲まれている。日本人も多く、日本語観光案内所もある。涼しい、半袖だとやや寒い。

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<牛>

牛も多く、首にぶら下がった鈴をカランコロンさせながらモーモー言っている。

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<トンネルを抜けて山の上に向かう>

グリンデルヴァルト駅から鉄道で山の上へ。標高2061mのクライネシャイデックで一旦乗換え。ここまでは前回の下見で来たが、前回同様雪が残っていた。その後、7,1kmの長いトンネルを通過してさらに上へ。

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<気温マイナス10,5度>

標高3454m、ヨーロッパ最高地点にある駅Jungfraujoch(ユングフラウヨッホ)に到着。標高4158mのユングフラウ山の鞍部にある。気温はマイナス10,5度。今回の旅では、半袖のTシャツとスーツしか持って来ていなかったので、持ち合わせで最重装備となるスーツを着ていった。幸い、建物の中にいればそんなに寒くなかった。

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<鳥>

外に出るとマジで寒い。そして、上からの直射日光と下から反射する日光でめちゃくちゃまぶしい。 えさを期待してか、1匹だけ鳥が近寄ってきた。

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<ユングフラウ山頂に続く道?>

十分な装備があれば、ここからユングフラウ山頂に行けるらしい。
数十メートル進んでみたが、革靴にくるぶしソックスしかはいていない俺にとってはかなり厳しい道のり。とにかく寒すぎるので早々に引き返した。

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<韓流スター>

等身大かどうかわからないが、看板が山の上に。インターラーケンの街でも見かけた気がする。

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<クロアチア対ドイツを観戦>

無事、グリンデルヴァルトに生還。
バーでクロアチア対ドイツ戦を観戦。ドイツはここ最近で一番悪い出来、負けて当然。クロアチアはコンパクトにまとまった守備から素早いパス回しを見せた。個々の選手の能力も高い。ハンブルクでプレーするオリッチなどのゴールでクロアチアが2-1で勝利。準々決勝進出を決めた。

スイスと同じように開催国として勝ち星がほしいオーストリアはポーランドと対戦。ポーランドも初戦でドイツに負けているのでぜひとも勝ち点3が欲しいところ。スイスと同じように、開催国オーストリアの敗退が決定かと思われたが、ロスタイムでPKを奪い1-1のドローに持ち込んだ。

つづく・・・

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2008年6月16日 (月)

EURO 2008 チェコ対ポルトガル in ジュネーブ

 6月11日、モントルーから約1時間かけてジュネーブへ移動。Stade de Geneveというスタジアムで、グループAのチェコ対ポルトガル戦が行われた。

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<レマン湖に上がるサッカーボールのバルーン>

 ジュネーブを訪れるのはこれが3回目。いつもはドゥーンと上がる噴水(100mの高さまで上がるらしい)がこの日は見られず。サッカーボールのバルーンが浮かんでいた。

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<3on3のサッカーコート>

 ベルンは試合当日オランダに占領されていたが、ジュネーブは比較的おとなし目だった。ドイツのワールドカップ時と比べると、今回のスイスは母国を応援する盛り上がりに欠けている。ドイツにいたほうが盛り上がっている気がした。スイスがそんなに強くないからか?でも、日韓ワールドカップではもっと盛り上がっていたはず。

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<ユーロバージョンのトラム>

 スタジアムへのアクセスもそんなに良くない。スタジアムが小さいのはしょうがないとしても、スタジアムへの標識がわかりにくい。スタジアム周辺に待機している案内やセキュリティも周辺の地理を理解していない。ドイツの時はもっとしっかりしていたような気がする。 

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<選手入場>

 1勝同士の対決。勝った方が決勝トーナメント進出が決まる。俺は自分がプレーしたことのある国のチェコを応援。しかしながら、チケットは持っていなかったのでスタジアム外で待機。写真は中に入った人にもらったもの。

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<コラー(左)とメイラ(右)はブンデスリーガでプレー>

 ポルトガルは前回自国で準優勝、チェコはベスト4。どちらも能力は高い。ポルトガルの攻撃力は高いと思うけど、チェコは前大会での最多得点チーム。しかし最多失点チームでもあった。エースのロシツキーが欠場したのは痛い。

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<デコのセンタリング>

 結局、試合は3-1でポルトガルの勝利。ポルトガルの攻撃力が上回った。チェコは2点目を取られて前掛りになり、ポルトガルはそれを利用してカウンターで3点目を取った。

 ベルンで行われたグループAのもう1試合スイス対トルコ。開催国として勝利がほしいスイスは前半に先制するも、後半にトルコに追いつかれる。そして、ロスタイムでは逆転ゴールを許し、開催国としてユーロ史上最速の敗退が決定(これまではオランダ・ベルギー大会のベルギーのみが開催国としてグループリーグ敗退していた)。国民がしっかり応援しないからだ。

つづく・・・

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2008年6月13日 (金)

EURO 2008 レマン湖の畔・モントルーにて

 6月7日に開幕したEURO2008スイス・オーストリア大会。開幕日にケルン・ボン空港からチューリッヒに飛び、6月18日までスイス各地に滞在した。

 6月10日、インターラーケン周辺からレマン湖のほとりのモントルー(Montreux)に移動。モントルーからEUROの試合が行われるジュネーヴまでは約150km。インターラーケン周辺はドイツ語でいけたけど、この地域はフランス語圏。

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<モントルーのレマン湖の畔>

 モントルーはレマン湖畔のリゾート地で、毎年7月にはヨーロッパで最大のジャズフェスティバルと言われているモントルー・ジャズフェスティバルが開かれる。SantanaやRay Charlesなどをはじめそうそうたるメンツが集まる。

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<登山電車からレマン湖を見下ろす>

湖沿いからはすぐに傾斜のきつい坂道が続く。登山電車で上に登ることができる。

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<湖畔に立つフレディ・マーキュリー像>

 湖畔にはクイーンのフレディ・マーキュリー像が立っている。1978年にアルバム製作でモントルーを訪れた時に、モントルーのアパートとレコーディングスタジオを買ったらしい。このマウンテンスタジオでは、Led ZeppilinやRolling Stonesをはじめ、布袋もレコーディングを行ったらしい。

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<湖畔のフレディ・マーキュリー像②>

 こんな感じで湖に向かってフレディ・マーキュリーが立っている。ラオウではない。ちなみに、似た景色がジャケットで使われているアルバム「Made in Heaven」を昔買った覚えがある。

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<モントルー・カジノ>

 湖畔にはカジノもある。このカジノは昔放火されたことがあるが、そのときの放火事件を基にDeep PurpleがSmoke on the Waterを作ったらしい。ここのレストランで食事をすると、カジノのチップを5フラン分もらえる。

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<カジノで試合観戦>

 この日はグループDの2試合が行われていた。スペインはロシアに4-1で圧勝。スペインは毎回メンツがそろっていてグループリーグは突破するけど、決勝トーナメントに入ると毎回のように期待を裏切るので、スペイン代表の試合は普段あまり見ない。今回はどうなるものか。
 ロシアはUEFAカップでロシアのクラブが優勝したりしているし、ヒディングが監督になってどんなサッカーをするか気になる。

 ギリシャ対スウェーデン戦はカジノで観戦。みんな賭けに夢中だったので、座ってゆっくり見ることができた。ギリシャは4年前に優勝して、当時からドイツ人のオットー・レーハーゲル監督が続けてチームを率いている。ギリシャはでかくてヘディングの強い選手がそろっていて、セットプレーではかなり危険なチームだが、この試合ではなかなか点が入らず。逆に固めていた守りも崩され、2-0でスウェーデンがギリシャに勝利した。スウェーデンのイブラヒモビッチのフィジカルはやっぱ強い。

つづく・・・

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2008年6月12日 (木)

EURO 2008 オランダ対イタリア in ベルン

 6月7日に開幕したEURO2008スイス・オーストリア大会。開幕日にケルン・ボン空港からチューリッヒに飛び、6月18日までスイス各地に滞在した。

 6月9日、インターラーケン周辺の宿から約60kmに位置するベルンに移動。グループCのオランダ対イタリア戦が行われるStade de Suisse Wankdorfというスタジアムに向かった。

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<ベルンの旧市街>

 ベルンはスイスの首都。スイスで4番目に大きい街らしい。試合前、時間があったのでベルンの旧市街を散策。街は世界遺産に登録されているらしい。

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<試合前、ベルンの旧市街の様子>

が、世界遺産らしさを全く感じることができず。オランダ人に占拠され、そこら中にゴミやビンが散らばり、爆竹や太鼓の音がこだましていた。

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<スタジアムに向かうオランダファン>

 ファンがかち合わないように、バスの駐車場などが分かれていたけど、それでも目に付くのはオランダのオレンジばかり。たまーに、イタリアの青を見かけた。

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<チューリップ車>

 スタジアム周辺をうろついていたオランダのチューリップ車。車のボディーにはチューリップがてんこ盛り。

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<選手入場>

 俺はチケットがなかったので、スタジアムの外にて待機。(写真は中に入った人にもらいました。)

 グループCの中ではイタリアとルーマニアを応援していた。イタリアは選手のレベルは高いし、戦術の勉強になる。大会前にキャプテンのカンナバーロが怪我してしまったのは痛い。オランダはいつもメンバーはそろっているけど、毎回内乱が起きるし、ディフェンスラインが安定していないと思った(特にマタイセン)。

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<ハンブルクのファンデルファールト(23)>

 
カンナバーロが抜けた穴は大きいとは思うけど、テレビでざっと見ていて、イタリアはディフェンスラインの連携がいつものようにうまくいっていないように見えた。逆にオランダの攻撃が爆発。

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<2点目を決めたスナイデル>

 結局、ワールドカップ優勝国イタリア相手に3-0で勝利。この結果を見ればオランダは強い。

 同じグループCのルーマニア対フランス戦は0-0。2007年の9月に行われたドイツ対ルーマニア戦をケルンのスタジアムで観たけど、ルーマニアはコンパクトにまとまった守備からムトゥを中心としたカウンターを武器とするチームいいチーム。ここのテクニックもある。予選ではオランダを差し置いて1位通過したけど、本大会のグループCの中では明らかに他の3チームより見劣りする。そんなチームが優勝候補の3チームとどんな戦いをするか見てみたい。

つづく・・・

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2008年6月 9日 (月)

EURO2008 インターラーケン周辺

 6月7日に開幕したEURO2008スイス・オーストリア大会。開幕日にケルン・ボン空港からチューリッヒに飛び、6月18日までスイス各地に滞在した。

 6月8日、チューリッヒから2時間ほどかけてインターラーケン(Interlaken)方面に移動。スイスではベルン、バーゼル、チューリッヒ、ジュネーヴの4つのスタジアムが使われるけど、それぞれの都市はどこもホテルがいっぱい。ということで、ベルンから約60kmに位置するインターラーケンに滞在した。

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<インターラーケンの街中を走る馬車>

インターラーケンは、ブリエンツ湖とトゥーン湖に挟まれている街。
周囲は山に囲まれている。山中湖周辺を思い出した。

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<カジノ>

オスト(東)駅とヴェスト(西)駅は歩いて15分くらいの距離で、この間には土産屋などがあって少しさかえている。カジノもある。

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<ミニケーブルカーで山の上へ>

街中からすぐ近くにあるケーブルカー乗り場を発見。
赤いケーブルカーで10分かけて山の上に向かった。

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<インターラーケンの街>

標高1322mのHarder(ハルダー)に到着。
インターラーケンやブリエンツ湖、トゥーン湖を見渡せる。
食事つき往復チケットを買ったので、上のレストランで食事をした。

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<レストランのお手拭もEUROバージョン>

 この日は、グループBのオーストリア対クロアチア戦とドイツ対ポーランド戦が行われた。クロアチアはPKによる得点で、1-0とオーストリアに勝利。スイス、オーストリアの両開催国はともに黒星スタート。

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<レストランでドイツ対ポーランド戦を観戦>

 ドイツはポーランド生まれのポドルスキーの得点により、ポーランドに2-0と快勝。とび抜けた選手が少なく、ディフェンス面でも課題が残っていて、内心では他のドイツ人と同じように優勝はクエスチョンマークだったけど、自分がサッカーをしている国なので優勝するように応援していた。

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 街には、各国のTシャツやユニフォームを着るユーロ観戦者を見かけたけど、オランダサポーターの数は半端なかった。翌日ベルンで行われるオランダ対イタリア戦に合わせて、インターラーケンにはオランダサポーターが集結。 一時は通りがオレンジだらけで占領されていた。

つづく・・・

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2008年6月 7日 (土)

EURO2008開幕 チューリッヒ到着

 スイスとオーストリアで共同開催のEURO2008が6月7日に開幕。ちょうどケルン・ボン空港からチューリッヒに飛ぶ前に、開幕戦となるバーゼルでのスイス対チェコ戦が行われていた。結果は1-0でチェコの勝利。ハイライトしか見れなかったけど、スイスも結構チャンスを作っていた。スイスはエースのフライが負傷退場してかわいそうだったけど、ああいうビッグチャンスが決まらないとトーナメントでは勝てない。チェコはGKのチェフがファインセーブを連発していた。

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<チューリッヒ空港到着>

 
チューリッヒ空港に到着すると、今度はポルトガル対トルコ戦が始まった。予選でトルコの試合を見たときは、激しいけどチームがまとまっていて勢いのあるチームだと感じていたけど、この試合ではポルトガルの個人技にかなりやられていた。結局2-0でポルトガルが勝利。

 チェコは自分がプレーをしていたとこで、トルコ人の知り合いが何人かいるという理由で、グループAではチェコとトルコを応援していた。

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<チューリッヒ駅の構内>

 チューリッヒ空港から列車で駅まで移動。スイスの開幕戦で街が盛り上がっているかと思ったけど、負けたせいか、特別に騒いでいる人もいなかった。

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チューリッヒ駅構内には馬鹿でかい選手たちが円陣を組んでいた。
左から、オーストリアのイバンシッツ、ルーマニアのキヴー、フランスのベンゼマ、だと思う。

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左から、チェコのチェフ、オランダのファン・ペルシ、ドイツのバラック、スイスのバルネタ、か?他にも、ラームやビエラなどがいた。

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2008年5月24日 (土)

EURO 2008 スイス下見

EURO2008が始まる直前の5月後半に、スイスへ車で出かけた。

EURO2008はスイスとオーストリアでの共同開催。
それぞれの国の4都市で試合が行われる。
今回はスイスのバーゼル、ベルン、ジュネーヴ、チューリッヒのスタジアムを観にいった。
ジュネーブには約2年ぶりに舞い戻ってきた。

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<ジュネーヴのスタジアム>

もうすぐ開幕ということで、スタジアム周辺は厳重に警備されていた。
警官が暴動に対するシミュレーションを行っているスタジアムもあった。
スタジアムの規模は、ドイツのワールドカップで使われたもの比べるとだいぶ小さい。

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<ニヨンにあるUEFA本部>

スイスのNyon(ニヨン)という街にはUEFAの本部が置かれている。

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<UEFA本部のトロフィー>

二ヨンはレマン湖のほとりにあり、ジュネーブとローザンヌの間に位置している。
ジュネーブまでは約30キロ、ローザンヌまでは約40キロ。

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<クライネ・シャイデックの駅>

サッカーに関係ないけど、せっかくだから登山電車で山の上へ。
Grindelwald(グリンデルワルト)から、Jungfraujoch(ユングフラウヨッホ)の途中にあるKleine Scheidegg(クライネ・シャイデック)へ。

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<標高2061mのクライネ・シャイデック>

クライネ・シャイデックの標高は2061mで、5月だというのに雪が残っていた。
もう夏なのにさみー。

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<ユーロバージョンの電車>

山の上にもEURO2008バージョンの電車が来ていた。

しかしながら、スイスの街中はワールドカップ時のドイツほど盛り上がっていない気がした。どうなるものか、行けばわかるさ。

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2008年4月27日 (日)

女子サッカー ルワンダ代表ドイツ合宿②

 アフリカのルワンダから女子サッカー代表がドイツのKoblenz(コブレンツ)にやってきて合宿を行った。ルワンダはDFB(ドイツサッカー協会)やラインラントサッカー協会などからサポートされていて、これまでもルワンダ代表U18などがコブレンツにやってきて合宿を行っている。

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<ドイツのチームと練習試合をこなす>

 2007年にコブレンツで行われた第一回インターナショナルコーチライセンス講習に参加した時にルワンダのコーチやルワンダサッカー協会のテクニカルアドバイザーを務めるドイツ人のMichael Weiss(ミヒャエル・ヴァイス)と知り合った。その後、講習に参加していたヴィンセントが女子代表のコーチに就任し、今回、テクニカルアドバイザーのミヒャエルとともに再びドイツを訪れた。

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<DFBのツヴァンツィガー会長(一番右)の姿も>

 DFB(ドイツサッカー協会)のZwanziger(ツヴァンツィガー)会長はラインラント・プファルツ州の出身ということもあり、試合会場には会長自らが顔を見せた。

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<スポーツシューレの食堂にて>

2週間弱、コブレンツのスポーツシューレで合宿を行った。

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<自由時間はキッカーで対決>

自由時間はキッカーや卓球でリフレッシュ。
3人と卓球で勝負し、3人とも打ち破った。負けられん。

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<ルワンダコーヒー>

ヴィンセントからもらった本場のルワンダコーヒー。

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<試合後、ヴィンセントと>

 ルワンダに飛び立つ前日、選手対スタッフチームでゲームが行われた。ルワンダサッカー協会副会長、監督、コーチのヴィンセントと一緒に、俺も急遽スタッフチームで出場することに。他にもスタッフチームにはミヒャエルやドイツ人のコーチ、食堂のおっちゃんなどが参加。審判はラインラントサッカー協会会長。
 相手は女子チームであろうと、スタッフチームは容赦なかった。結局大差でスタッフチームが勝利し、女子チームの選手たちをへこませることに。ちなみにミヒャエルはキーパーで後半から出場し、準備運動が足りなかったのか、太ももを負傷しすぐに交代した。

それではまた会う日まで。クルディマ・ブガチュ!

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2008年4月20日 (日)

女子サッカー ルワンダ代表 ドイツ合宿①

 アフリカのルワンダから女子サッカー代表がドイツのKoblenz(コブレンツ)にやってきて合宿を行った。ルワンダはDFB(ドイツサッカー協会)やラインラントサッカー協会などによりサポートされていて、これまでもルワンダ代表U18などがコブレンツにやってきて合宿を行っている。

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<ルワンダ女子代表>

 ルワンダの人たちとは、2007年にコブレンツで行われた第一回インターナショナルコーチライセンス講習に参加した時に知り合った。そのときにはルワンダから7人のコーチが参加しており、ルワンダサッカー協会のテクニカルアドバイザーを務めるドイツ人のMichael Weiss(ミヒャエル・ヴァイス)が講師として参加していた。今回は、女子代表のコーチに就任したヴィンセントとテクニカルアドバイザーのミヒャエルと再会することができた。

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<ヴィンセント(左から3番目)とミヒャエル(一番右)>

 
今回、ルワンダ女子代表はコブレンツを拠点にテストマッチを何試合か行った。近くで行われた1.FFC Montabaur(モンタバウアー)との一戦を観にいった。モンタバウアーは女子の3部リーグに所属する強豪。

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<1.FFC Montabaurとの一戦>

 ルワンダの女子代表は結成したばかりで、ほとんどの選手が17,18歳と若い。ルワンダと比べると、モンタバウアーはとにかくでかい。

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<1.FFC Montabaurの選手たち>

ドイツの女子サッカーはレベルが高く、過去2回のワールドカップでは2連覇している。2011年の女子ワールドカップはドイツで開催される。

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<攻め込む1.FFC Montabaur(青)>

ドイツの女子代表の試合を見ていても、とにかく他の国と比べてでかくてごつい。大人と子供のような体格の差が出てくる。そして、でかいだけでなくうまくて速い。組織的にもしっかりしている。

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<コーチ・ヴィンセントのインタビュー>

 
ルワンダとモンタバウアーの力の差は歴然としていて、結果はモンタバウアーが5-1で勝利。ルワンダは攻撃でいい形を何度か見せるもフィニッシュが決まらない。守備でもイージーミスが多かった。

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<ヴィンセントと久々の再会>


 試合には完敗したが、日々チームが成長しているので、コーチ・ヴィンセントは満足しているようだった。他のみんなもルワンダでサッカーに携わって元気にしているようだった。

つづく・・・

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2008年3月16日 (日)

ドイツB級コーチライセンス講習③

 Hennef(ヘネフ)のSportschule(スポーツシューレ)で参加したドイツB級コーチライセンス講習。授業の内容もさることながら、たまに話題がそれたときのJungheim(ユングハイム)教官の話は興味深かった。

①ワールドカップ2006で、優勝したイタリアは決勝までの6試合でたったの1失点、それ以外にピンチを招いたシーンは2回。準優勝のフランスは2失点、それ以外にピンチを招いたシーンは3回。トップクラスを相手に戦う場合、ゴールチャンスが訪れるのは1試合にあるかないかということになる。それほど攻撃は難しい。だから、チャンスの回数をできる限り増やして、数少ないチャンスをものにするには、細かく正確なテクニックと戦術が必要になる。コーチはそれを教えれるようにならなければならない。

ワールドカップのイタリアやフランスの相手は、アジア1次予選のような相手ではなく、ドイツ、ポルトガル、ブラジル、スペインなど強豪。それらのチームを相手にも、たったこれだけしかピンチの場面がなかった。しかも、決して守備的に戦ったわけではなく、イタリアは6試合で11得点、フランスは8得点。参加チームの中ではむしろかなり攻撃的。ちなみに日本は3試合で、2得点7失点。

②失点のリスクを減らすために、ディフェンスラインからロングボールに頼るチームがあるが、効果はほとんどない。あるブンデスリーガの試合では、両チームあわせて150本のロングボールが蹴られたが、結局得点チャンスを作ることなかった。守備の時にフォアチェッキングで相手DFにロングボールを蹴らせるのはいいが、ボールを奪ったあと自分たちもロングボールを蹴ってはチャンスはいつまでも来ない。これをチームに教えるのもコーチの役目。

③今のサッカーではある程度のリスクを冒して勝ちにいかなければならない。1試合平均1ポイントしかとっていないチームは、降格圏内に入る傾向にある。これはサッカー以外のことにも当てはまるかも。

つづく・・・

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2008年3月 5日 (水)

インザーギ 歴代得点王に

 イタリア代表でACミラン所属のフィリッポ・インザーギが、ヨーロッパカップ戦(チャンピオンズリーグ、UEFAカップ)の歴代ゴールランキングで、これまで1位だったドイツのゲルト・ミュラーを抜いて1位になった。

Inzaghi

<歴代ベスト10>
1.Filippo Inzaghi (ACミラン) 63ゴール
2.Gerd Mueller(最終所属バイエルン) 62ゴール
3.Raul(レアル・マドリー) 61ゴール
4.Andrej Schewtschenko(チェルシー) 60ゴール
5.Ruud van Nistelrooy(レアル・マドリー) 57ゴール
6.Eusebio(ベンフィカ・リスボン) 56ゴール
7.Henrik Larsson(ヘルシンボリ) 52ゴール
7.Thierry Henry(バルセロナ) 52ゴール
9.Alfredo Di Stefano(レアル・マドリー) 50ゴール
10.Carlos Santillana(レアル・マドリー) 47ゴール

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- 偏見かもしれませんが、あなたはゴール前で(ファールをもらうことについて)演技派ですか?

インザーギ:
インタビューの始めとしてはいい質問だね(笑)。ただ、スープの中に髪の毛が一本はいっているかどうかを探すような粗探しはよくないよ。僕はこれまで正しいプレーをしてきたと思っているし、自分のプレーを誇りに思っている。(ドイツ人記者に向かって)君たちのクリンスマンだってそういう風に批判されたけど、ワールドカップで優勝したでしょ?僕もそれで優勝したよ。

- もう一つ偏見かもしれませんが、あなたはエゴイストですか?

そうだよ。ただ、フォワードはゴールを決めなければいけない。もし僕がゴールを決めなければ、僕はACミランのスケープゴートにされてしまう。だから、味方が作ったチャンスはものにするし、それでチームが僕に給料を支払ってくれる。僕は、すべてのストライカーはエゴイストだと思うよ。

- それではポジティブな話題に。

やっとか。

- あなたは12月のセルティック戦で63ゴール目を決め、これまでのゲルト・ミュラーの記録を抜きました。

あれは感動的な瞬間だったよ。僕はあのあと泣いたけど、全然恥ずかしいとは思わなかった。何回もあのゴールシーンや記事を見たよ。

- あなたのプレースタイルはゲルト・ミュラーに似ているんですか?

そうだよ。僕は昔、彼のゴールをテレビでよく見たよ。僕たちはペナルティーエリア内で活躍するタイプで、ゴール嗅覚を持っている。彼と同じ場所にたどり着くことができてほんとに光栄に思うよ。

- あなたのゴールの秘訣は?

監督(カルロ・アンチェロッティ)はいつも言ってるよ。「お前がゴールを探すんじゃなくて、ゴールがお前を探すんだ。」これは本当にそう思うよ。あとは、本能だと思う。ゴールの予感がして、そこに走り込んで、ボールが来て、あとは押し込むだけ。

- これからの目標は?

もっとゴールを決めることだね。そうしないと記録が破られてしまうから。ラウールは僕よりも4歳年下だけど、61ゴール決めてる。ノンノンノン。もう2,3年プレーを続けて差を広げないと。

Sportbild誌インタビューより

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2008年2月 5日 (火)

UEFA決勝のスタジアム

 2月13日に始まるUEFAカップの決勝トーナメント1回戦。ドイツからはバイエルン、レバークーゼン、ニュルンベルク、ハンブルクがグループリーグに出場して、全4チームが決勝トーナメントに駒を進めた。チャンピオンズリーグで敗退したブレーメンも加わり、ドイツからは計5チームが決勝トーナメント1回戦を戦うことになる。このうちのどれかが優勝する可能性はあると思う。

 2月19日にはチャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦が始まる。グループリーグに参加したドイツのチームはシュトゥッツガルト、ブレーメン、シャルケで、突破したのはシャルケのみ。こちらは勝ち進むのがちょっと厳しそう。

 2008年(今回)のUEFAカップ決勝はマンチェスター、チャンピオンズリーグ決勝はモスクワで開催される。2009年は、UEFAカップ決勝がイスタンブール、チャンピオンズリーグ決勝がローマで開催されることが決定している。

 決勝開催地のスタジアムは5万座席以上なければいけないらしいが、2010年以降はこの条件が7万座席以上になるらしい。2004年のチャンピオンズリーグ決勝が行われたシャルケやハンブルクのホームスタジアムはこの条件を満たすことができる。ベルリンも74400席でぎりぎりOK。しかし、バイエルン・ミュンヘンのホームスタジアムは69000席なので例外処置が取られないと危ない。

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<シャルケのホ-ムスタジアム>

 チャンピオンズリーグの2010年の決勝は今のところロンドンのウェンブリーが有力らしく、2011年はマドリードやヴァレンシアが有力候補となっている。ドイツサッカー協会はUEFAカップの決勝をドイツに持ってこようとしているが、ロンドン、ダブリン、ブカレスト、バルセロナなどの名前も挙がっている。

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2007年11月17日 (土)

流行はドッペル・ゼックス(ダブルボランチ)

 ワールドカップ2006ドイツ大会は、優勝イタリア、準優勝フランス、3位ドイツ、4位ポルトガルという結果に終わった。この上位4チームには共通する点がいくつかある。4チームが、4バックの前にダブルボランチを置き、ドイツを除く3チームが「4-2-3-1」というフォーメーションを採用していた(ドイツは4-4-2)。世界のトップレベルでは今、「4-2-3-1」がトレンドとなっていて、「4バック」と「ダブルボランチ」がチームの骨組みを作るキーワードとされている。

Ballack  Frings
<バラック(Ballack)とフリンクス(Frings)>

 ドイツでは選手の背番号以外に、ポジションによって決まった番号の呼び方が存在する。例えば4-4-2(中盤はひし形)の場合、キーパーは「1」、ゲームメーカーは「10」、2トップは「9」と「11」。ボランチは「6」で表される。ドイツ語では「ボランチ」のことを、「Zentrales Mittelfeld(中盤の真ん中)」や「Defensives Mittelfeld(守備的中盤)」などという場合があるが、単純に6(ゼックス)のポジションという意味で、「Sechser(ゼクサー)」と呼ぶことも多い。監督が「今日お前はゼクサーだ」と言えばボランチをプレーすることになり、「Zehner(ツェーナー)をマークしろ」と言われれば相手のゲームメーカー(2トップの後ろ)をマークすることになる。

 ドイツ代表はワールドカップでバラック(チェルシー)とフリンクス(ブレーメン)の2人を「Sechser」に配置し、「Doppel-Sechs(ドッペル・ゼックス)=ダブルボランチ」を形成した。

Pirlo Gattuso
<ピルト(Pirlo)とガットゥーソ(Gattuso)>


 イタリア代表とACミランでコンビを組むピルロとガットゥーソのコンビは、ワールドカップとチャンピオンズリーグで結果を残している。ガットゥーソの運動量と守備力、ピルロのゲーム展開力と意外性は理想的な「Doppel-Sechs」。

Vieira  Makelele
<ヴィエラ(Vieira)とマケレレ(Makelele)>

 「Doppel-Sechs」は、1人のSechserの時よりも守備のときにコンパクトにまとまることができるので、チームの安定感が増す。また、走る距離も二人で分担できる。フランス代表ではヴィエラ(インテル)とマケレレ(チェルシー)が「Doppel-Sechs」を形成していた。

Maniche  Costinha
<マニシェ(Maniche)とコスティーニャ(Costinha)>

 「Doppel-Sechs」は守備に安定感をもたらすが、攻撃力が衰えるわけではないらしい。中盤の両サイドに非常に攻撃的な選手を配置して攻撃的なサッカーをするチームも多い。また、一人の「Sechser」が守備に重点を置いているので、基本的にはもう一人の「Sechser」が攻撃に参加することもできる。ポルトガルの「Doppel-Sechs」は、マニシェ(ディナモ・モスクワ)とコスティーニャ(アトレティコ・マドリー)だった。

Zeroberto Vanbommel
<ゼ・ロベルトとファン・ボメル>


 ブンデスリーガでも、現在首位を走るバイエルン・ミュンヘンを始め11チームが「Doppel-Sechs」を採用している。シュトゥッツガルト、ブレーメン、シャルケは「Doppel-Sechs」を採用せずブンデスリーガで結果を残しているが、チャンピオンズリーグでは今シーズン苦戦している。
 
 ドイツ代表のスカウティングを担当しているSiegenthaler(ズィーゲンターラー)は、「安定した守備をしつつ攻撃の起点になるためにも、中盤の選手にはマルチな才能が求められている」と言っている。「潰し屋」や「うまい選手」は同時に「戦略家」や「ファンタジスタ」としての一面も求められることになる。そして、お互いをカバーし力を出し合うためにも2人のSechserには絶妙な相性も求められる。

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<バッファローマンとモンゴルマン>

 
1000万パワーのバッファローマンと1000万の技を持つモンゴルマンの2000万パワーズもまた理想的なタッグのひとつと言える。

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2007年11月13日 (火)

サッカーと暴力沙汰 - そして類似例

 現在、自分の所属しているWirges(ヴィルゲス)では、リーグ戦のある試合で発生した人種差別発言やグランドでの暴力沙汰が取り沙汰されている。ヴィルゲスの選手が相手のアフリカ系選手を人種差別的な発言で挑発し、それに怒ったアフリカ系選手がヴィルゲスの選手を殴ったということになっているが、双方の意見が食い違い真意の程はわからない。明日、スポーツ裁判所でこのことについて話し合われることになっている。

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<ワールドカップでのジダンのヘッドバット>

 
前回のワールドカップ決勝フランス対イタリア戦では、フランス代表のジダン(Zidane)が、延長後半にイタリア代表DFのマテラッツィ(Materazzi)の胸に強烈なヘッドバットかました。当初、アルジェリア系であるジダンに対し人種差別発言などがあったと問題になったが、2人ともそのことについては否定をしている。ジダンは自分の姉に対する侮辱発言に対して怒り、マテラッツィもそのような挑発をしたと認めている。マテラッツィはジダンに姉妹がいることも知らず、ただ単にそのような挑発的な発言をしていた。後に、ジダンの姉にも謝罪のコメントをしている。

 ジダンには3試合の出場停止と7500スイスフラン(当時70万円)の罰金が科せられ、マテラッツィには2試合の出場停止と5000スイスフランの罰金が科せられた。ジダンは大会前から、この大会後の引退を表明しており、彼はレッドカードによる退場で引退試合を締めくくることになった。ジダンの3試合出場停止は3日間の社会奉仕活動に置き換えられた。

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<バッファローマンのハリケーンミキサー>

 自前のバッファローマン(1000万パワー)は、ハリケーンミキサーの体勢をとっている。ハリケーンミキサーとは自慢のロングホーン(角)とともに頭から敵に突進するバッファローマンのフェイバリットホールド(必殺技)。敵はハリケーンのように舞い上がり、ミキサーにかけられたように回転しながら落ちてきて、最後はリングに突き刺さる。たいへん危険なので真似をしないように。

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<カントナのカンフーキック>

 他にサッカー選手の暴力沙汰として有名なのは、1995年にイングランドで起きたカントナのカンフーキック事件。当時、マンチェスター・ユナイテッドに所属していたフランス代表のカントナは、汚い野次を飛ばすクリスタル・パレスのサポーターにカンフーキックをかました。レッドカードをもらったカントナは、約4ヶ月の社会奉仕活動と約1年の出場停止処分を受けた。

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<蝶野のケンカキック>

「I´m CHONO.」
プロレスラー蝶野正洋の得意技の一つ、ケンカキック。危険なので真似をしないように。
蝶野は高校時代、サッカーと暴走行為に明け暮れていたらしい。奥さんマルティナはドイツ人デザイナーとのこと。

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<殴るスコラーリ監督>

 
ブラジル人で現ポルトガル代表ルイス・フェリペ・スコラーリ(Luiz Felipe Scolari)監督は、ユーロ2008予選で対戦したセルビアのドラグティノヴィッチ(Dragutinovic)選手の顔を殴ったとし、3試合の出場停止を受けた。セルビアのクレメンテ(Clemente)監督は、「スコラーリは監督業をやめるべきだ」と厳しく批判した。

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<矢吹丈のクロスカウンター>

 WBCバンタム級王者ホセ・メンドーサに必殺技のクロスカウンターをかます矢吹丈。ホセは判定でジョーに勝つも廃人同然に。ジョーは真っ白に燃え尽きる。危険なので真似をしないように。

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2007年11月 6日 (火)

人種差別問題勃発 vs Hauenstein戦

Hauen  VS Egc
  Hauenstein             Wirges

 リーグ戦14節のHauenstein(ハウエンシュタイン)戦。アウェイの試合会場までバスで3時間もかかった。怪我をした膝の調子も良くなってきて1軍のメンバーに入り始めているけど、まだ試合には出場していない。Wirges(ヴィルゲス)の2軍はドイツの5部リーグに所属していて、最近は試合勘を取り戻すためにそこで公式戦に出させてもらって調整している。

 前半にサイドから崩されて先制されてしまったが、途中交代で入った若手のダニエルのゴールにより同点に追いつき、1-1の引き分けで試合が終了した。が、試合終了直後、相手チームのアフリカ系選手Aがヴィルゲスのドイツ人選手Bに飛びかかった。みんなで二人を引き離したが、このヴィルゲスの選手Bは引き離されても相手のアフリカ系選手を挑発し続けていた。そうこうするうちに、他の選手同士ももめ始め、今度はヴィルゲスのコソボ系ドイツ人選手Cと相手のアフリカ系選手Aが激しく言いあってみんなに取り押さえられた。

 翌日、監督ハンズィのもとには新聞やラジオ局から電話が殺到し、新聞の記事やラジオでそのときの出来事が報道されていた。相手チームからは抗議の声明が出され、ヴィルゲスではチームの弁護士と共にそのときの状況について緊急ミーティングが開かれた。文書には、「ヴィルゲスの選手Bが試合中にハウエンシュタインの選手Aに絶えず人種差別的で挑発的な発言をしていたこと」、「ヴィルゲスの選手Cが試合終了後、ハウエンシュタインの選手Aを人種差別的な発言で侮辱したこと」、「試合中、ハウエンシュタインの選手Aがヴィルゲスの選手Bの非紳士的な行動に対して何度か審判に訴えたにもかかわらず、審判がその訴えを聞き入れず試合を進めていったこと」、「ハウエンシュタインの選手Aが試合後にヴィルゲスの選手Bを殴ってレッドカードの処置を受けたのに対し、ヴィルゲスの選手Bは審判から何の処置も受けなかったこと」などが書かれていた。ヴィルゲスの選手BとCは部分的に人種差別的な発言をしたことを認めている。俺も含め何人かの選手は、この人種差別問題に対してかなり不快な思いをしている。

 この2選手と何人かの証人は、近々、裁判の場に出ることになっている。個人的に最低で5週間の出場停止と3000ユーロの罰金が科せられる可能性があり、チームに対しても罰金や減点の処置が下される可能性があるらしい。

 この試合の3日後にはラインラント地区のカップ戦があり、ヴィルゲスは昨シーズン4部から5部に降格したBetzdorf(ベッツドルフ)と対戦した。まだ正式な処分が出されていないからかもしれないが、試合には渦中の選手BとCも出場した。本人もしくは監督が自粛するかと思ったが、普通にスタメンで出場したので少し驚いた。結果は0-1で負け。去年はベスト4だったが、今回は天罰が下り、ヴィルゲスは早々に姿を消すこととなった。

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<喝!!>

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2007年10月27日 (土)

サッカー選手と視力 - メガネそしてグラサン

 あるブンデスリーガの試合後のインタビューで、決定力不足により負けたチームの監督のコメント。「残りの質問には答えられません。なぜなら、私は今すぐ選手たちの所にいかなければならないからです。彼らはゴールの位置がわからないほど目が悪いので、私がロッカールームからバスへの道案内をする必要があります。」

 サッカーだけでなく、スポーツ選手にとって視力の良さは欠かせない。上のコメントは冗談も混ざっているが、ほとんどのプロチームは選手たちの視力も定期的にチェックしていてる。カカ、バラック、レーマンなどはコンタクトレンズを着用していて、テュラム、ロナウドなどは試合以外の時に眼鏡で登場することがある。

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<眼鏡のカカ>

 サッカー選手で眼鏡といえば、元オランダ代表のダーヴィッツ(現アヤックス)。安全性のため試合中のピアス、指輪、ネックレスなどの着用は禁止されているが、1999年に目の手術を受けたダーヴィッツは例外的に試合中にスポーツ眼鏡をつけることが許されている。

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<エドガー・ダーヴィッツ>

 
自分もコンタクトレンズをつけているが、つけるきっかけになったのはサッカーでボールが見えにくくなったため。特に、うす暗くなってくるととても見にくかった。最初は試合のときだけ着用していたが、そのうち練習の時も着用するようになり、しまいには常につけるようになった。レンズのケアなどで面倒な時もあるけど、やっぱりはっきり見えると便利。遠くにいる友達を見間違えることもなくなる。

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<プラピ>

 
自分の周りにもコンタクトをつけてプレーしている人がいるけど、視力矯正手術をした選手もいる。相手選手の手などが目に当たり、試合中にコンタクトが取れてしまったことが何回かあるけど、視力矯正手術の場合はコンタクトを無くす心配や面倒なレンズのケアをしなくてすむ。ちなみにブラッド・ピットも視力矯正手術をしたらしい。

以下、眼鏡やグラサンの人たち。視力とは無関係。

Clapton

エリック・クラプトン。

Mr_marik

ハンドパワーです。

Ooake

さまぁーず大竹は伊達眼鏡。最近は本当に目が悪くなってきたらしい。

Kozy

タモリではなくコージー富田。

Daimon

団長!西部警察の大門。

Kuku

男塾生徒会長田沢。いつ聞いてもさすがじゃのう、田沢の九九は。
押忍、ごっつぁんです。

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2007年9月28日 (金)

テストマッチ U18 ドイツ対ルワンダ in Emmelshausen

 9月25日に、Rheinland=Pfalz(ラインラント・プファルツ)州のEmmelshausen(エンメルスハウゼン)というところで、U18のドイツ対ルワンダのテストマッチが行われた。

 ラインラントサッカー協会はルワンダのサッカー普及をサポートしていて、今回、U18チームがアフリカからはるばるKoblenz(コブレンツ)にやってきていた。このチームは今年の4月にもコブレンツに来ていて、そのときWirges(ヴィルゲス)とも対戦し3-0で勝利している

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<ドイツ(白)とルワンダ(黄色)の国歌斉唱>

 
ルワンダU18の監督は、ラインラントサッカー協会から派遣されたドイツ人。Michael Weiss(ミヒャエル・ヴァイス)といい、過去に京都パープルサンガや国見高校での指導歴も持っている。前回のヴィルゲスとルワンダU18の試合のときに知り合い、今回久しぶりに会うことができた。


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<突破を試みるドイツのMF>

 前半開始早々からルワンダは飛ばしていき、中盤で素早いパスのコンビーネーションから何度かいい形を作っていた。ドイツは中盤での対応が後手になり、序盤ややおされていた。攻撃でもパスミスがとても多く、すぐにルワンダに逆襲されていた。しかしながら、ルワンダもフィニッシュがなかなか決まらず、前半は0-0のまま終了。

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<ドリブル突破をはかるルワンダの選手>

 
後半になるとドイツはパスミスも減り、ルワンダ陣内へ攻め込む回数が増えた。逆に、ルワンダは集中力が切れたのか、パスミスを連発。ドイツに先制点を許してしまった。しかし、サイドのフリーキックからヘディングを決め1-1の同点に追いついた。

 ルワンダは単発でいいプレーを見せていたが、ドイツは地味ながら試合を通して安定感があった。ルワンダは一発でタックルにいってしまったり、無理にダイレクトパスをしたりする場面が多かった。ドイツは2点追加点を奪い、最終的にはドイツが3-1でルワンダを下した。

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<試合後のルワンダの選手>

 
今年4月にルワンダU18チームがコブレンツで合宿をはった時、同時にインターナショナルコーチライセンスコースというものがコブレンツで開かれていた。そのときには、ルワンダU18のキーパーコーチのクロードという男をはじめ、ルワンダサッカー協会の何人かもコースに参加していてとても仲良くなった。そのうちの一人には「北斗神拳伝承者」と書かれたTシャツをあげた。今回久しぶりに会えるかと思っていたが、前回終始お祭り騒ぎだったのでどうやら今回はルワンダに置いていかれたらしい。

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2007年9月14日 (金)

テストマッチ ドイツ対ルーマニア

 9月12日にケルンでドイツとルーマニアのテストマッチが行わた。現在ヨーロッパでは、2008年にスイス・オーストリアで開催されるヨーロッパ選手権の予選が繰りひろげられていて、残り4試合を残しドイツもルーマニアもそれぞれのグループで首位を走っている。どちらのチームにとっても残りの予選や本選に向けてこの試合は大事な一戦となる。

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<スタジアムにある焼きソーセージ屋>

 ドイツが最後にルーマニアに勝ったのは1984年のヨーロッパ選手権の時で(ランスで2-1で勝利)、2004年にブカレストで行われた最新の試合では1対5で負けている。更に、ルーマニアはPiturca(ピトゥルカ)監督の下、ここのところ引き分けも含み14試合負け無しで来ている。これまでのルーマニアの無敗記録は16試合で、ピトゥルカ監督は記録を更新したいと意気込んでいる。

 しかしながら、ドイツ代表はケルンで行われた国際試合で21試合中1度しか負けていない(1935年に1-2でスペインに敗北)。そして、ワールドカップ後に就任したLoew(レーヴ)監督の下、13試合で11勝1敗1分けという結果を残している。引き分けはキプロスとのユーロ予選(1-1)。1敗はデンマークとのテストマッチ(0-1)。

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<国歌斉唱>

 ドイツは怪我のためバラック(チェルシー)やフリンクス(ブレーメン)、レーマン(アーセナル)などの中心選手を欠いたが、レーヴ監督は今後可能性のある若手を積極的に使った。ツートップには、元ケルン(現バイエルン)のポドルスキーと現ケルンのヘルメスが地元でスタメン出場。キーパーにはシュトゥッツガルトからバレンシアへ移籍したヒルデブラントが入った。ちなみに、ポドルスキーの愛称は「ポルディ」。

 ルーマニアは、過去ケルンでプレーし、今はルーマニアリーグ1部のFC Vasluiで選手兼監督を務める39歳のムンテアヌを召集。後半に途中出場すると、ドイツサポーターからも声援が飛んだ。

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<クロスを挙げるシュヴァインシュタイガー>


 ドイツは4-4-2のシステムで、本来サイドでプレーするシュヴァインシュタイガー(バイエルン・ミュンヘン)がヒッツルスペルガー(シュトゥッツガルト)とともに中央でゲームメイクを任された。ちなみに、シュヴァインシュタイガーの愛称は「シュヴァイニー」。

 ルーマニアは4-2-3-1のシステムで、マリカ(シュトゥッツガルト)をワントップに置きムトゥ(フィオレンティーナ)が左サイドにはった。守りを固め、素早いカウンターで攻め込み、前半3分には、フリーキックからディフェンダーのゴイアン(ステアウア・ブカレスト)のゴールで先制した。

 ルーマニアが4-4-2で来ると予想していたドイツは、前半、左に張ったムトゥに対応しきれず、カウンターで何度か危ない場面を作られた。また、パスミスも多く、フォワードまでボールがなかなか回らなかった。前半終了間際には、シュヴァインシュタイガーのセンタリングをシュナイダー(レバークーゼン)が頭であわせ、1-1の同点でなんとか前半を折り返した。

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<ゴールを決めたポドルスキー(左)とオドンコア(右)>

 ルーマニアは、前半の途中で肩を痛めたキヴー(インテル)を欠くことになった。ドイツは後半からA.フリードリヒ(ヘルタ・ベルリン)を投入すると安定し始め、途中交代で入ったオドンコア(セビージャ)とポドルスキーの追加点により3-1と逆転。ルーマニアの無敗記録を14でストップした。

― この試合のベストプレーヤーに選ばれたポドルスキー

「地元ケルンでゴールを決めることができてうれしいです。経歴のない若い選手が多くても、チームワークとコンビネーションでいいサッカーができるということを示すことができたと思います。」

― 逆転ゴールを決めたオドンコア

「先日のイングランド戦では最悪のパフォーマンスだったので、今回挽回しようと練習に取り組んできました。ゴールできてうれしいし、このゴールで調子を取り戻せたらいいと思います。」

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<GKのヒルデブラント(12)とA.フリードリヒ(3)>

― 試合後の記者会見にて、ルーマニアのピトゥルカ監督

「個人的なミスで後半2失点してしまったが、ユーロ予選のオランダ戦に向けていいテストができたと思う。」

― 試合後の記者会見にて、ドイツのレーヴ監督

「今、世界のトップレベルでは、ボールを奪ってから縦に早く攻撃を仕掛けるサッカーが行われている。ルーマニアはそのサッカーをし、非常に洗練されていた。後半で修正するべき点を修正し、最終的にはルーマニアを攻略できたのでたいへん満足している。
ドイツもイタリアやフランスなどのように常に若手が育ってこなければならない。そのためにも5年10年先を見ながら若手にチャンスを与えていくつもりだ。若い選手には勝者のメンタリティーを植えつけるようにしている。
チームでは選手同士やコーチ陣とのコミュニケーションを非常に大切にしている。時には批判的な内容も積極的に改善しようとしている。そのためにも新しい選手がうまくチームに溶け込めるような環境を作るように選手もコーチ陣も努力している。」 

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<ルーマニア人のコリーナ>

― ルーマニアを応援していた友達のコリーナ

「ムトゥががんばってて、先制したときは大喜びしたけど、周りにドイツ人がいたから少しおとなしくしたよ。ムンテアヌは久しぶりに見たけど、昔のようじゃなかった。しかも、キヴーが怪我したし。」

 今年5月に行われたデンマークとのテストマッチでは、多くの新人選手を使い2軍扱いされたあげくホームで0-1で負けてしまったドイツだが、今回はテストをしつつも良い結果を残した。62,07%のドイツ人が、「2008年のヨーロッパ選手権ではドイツが優勝する」(Kicker誌)と予想しており、レーヴ監督と代表への期待が高まっている。

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2007年6月22日 (金)

U21 ヨーロッパ選手権 in オランダ

 6月10日から23日まで、U21のヨーロッパ選手権(UEFA European U21 Championship)がオランダで開催された。出場国は、予選を勝ち抜いた7チーム(ベルギー、チェコ、イングランド、イスラエル、イタリア、ポルトガル、セルビア)と開催国のオランダ。4チームずつ2グループに分かれ、それぞれのグループの上位2チームが準決勝へ進出する。また、北京オリンピックのヨーロッパ予選も兼ねていて、5位までがオリンピックの出場権を獲得することになる。

 この大会は1978年から2年ごとに開催されていて、開催国のオランダは前回の初優勝に続き2大会連続優勝を狙っている。ちなみにこれまでの最多優勝国はイタリア(5回)、その後にスペイン、イングランド、ソ連(2回)が続き、フランス、ユーゴ、チェコが1回ずつ優勝している。

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<試合前の国歌斉唱>

 大会はオランダの4つのスタジアムで行われ、今回、ドイツ国境から近いArnhem(アーネム)という街で行われたイタリア対チェコ戦を観にいった。このスタジアムはオランダ1部のフィテッセ・アーネムというチームのホームスタジアムで、収容人数は26600人とそんなに大きくはないが、なかなか新しくてきれいなスタジアムだった。観客席は半分も埋まらず、7割くらいがイタリアファンだった。

 会場でわかったことだが、イタリアの監督は、過去ロベルト・バッジョとユベントスや代表で2トップを組んでいたカシラギ。当時のあだ名は「リトル・バイソン」。そして、アドバイザーにはパルマやチェルシー、イタリア代表でも活躍したジャンフランコ・ゾラ。ナポリではマラドーナともプレーしていて、「マラゾーラ」とも呼ばれることもあった。この頃はセリエAをみまくっていたので、会場で名前を聞いたときかなり懐かしかった。

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<ファールするイタリア10番のロジーナ(左から3番目)>

 ウォーミングアップを見た感じでは、チェコの選手たちの能力はイタリアに比べて劣って見えた。実際、試合が始まってみると、名だたるチームでプレーしているイタリアの選手たちは、フィジカル、テクニック、戦術ともに明らかにチェコよりも上のレベルでプロのサッカーをしていた。中盤は完全にイタリアに支配されていて、チェコはレバークーゼンに在籍する14番のPapadopulos(パパドプロス)が前線で一人奮闘するだけだった。

 先制点はローマに所属する8番のAquilani(アクイラーニ)のフリーキック。チェコはパパドプロスが10分後に同点とするが、3番のChielini(キエリーニ)と11番のRossi(ロッシ)が追加点をあげ、イタリアが3-1と快勝した。結果以上に内容ではイタリアが圧倒していた。

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<3ゴール目を決めるジュゼッペ・ロッシ>

 チェコが少し弱かったのもあるが、イタリアは面白いサッカーをしてくれた。これから先、この中から何人も上に上がっていく可能性を感じた。特に良かったと思った選手は、中盤の司令塔8番のアクイラーニ(ローマ)、3トップの両サイドの11番ジュゼッペ・ロッシ(パルマ)と10番のロジーナ(トリノ)。この3人が攻撃に参加するとディフェンダーとしては怖い。そして、この3人が思うように攻撃できるように中盤の底でバランスを取っていた4番のNocerino(ノチェリーノ)。目立つ選手ではなかったが、体が強くミスも少ない。チームにとって欠かせない存在。ノチェリーノの保有権は大会期間中、セリエBのピアチェンツァからユベントスに移った。この4人以外にも、イタリアを含めて各国の有望な選手が大会に参加していて、スカウトの目に留まっていた。

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<圧倒的な試合内容>

<グループA>   <グループB>
1位 オランダ        1位 セルビア
2位 ベルギー     2位 イングランド
3位 ポルトガル   3位 イタリア
4位 イスラエル       4位 チェコ

 イタリアが優勝候補と思いきや、グループB首位のセルビアにイングランドが2-0で勝ったため、イタリアは準決勝に進出できなかった。グループAでは2勝1分の開催国オランダと1勝2分のベルギーが準決勝進出を決めた。

<5位決定戦>
北京オリンピックの最後の切符をかけて、ポルトガルとイタリアの対決。
テレビで見ていたが、どちらかといったらポルトガルのほうが攻め込んでいた。イタリアは後半にジュゼッペ・ロッシが退場して一人少なくなったが、延長まで戦い抜いて0-0の同点。PK戦の末、イタリアが勝利し、オリンピックの切符を手にした。

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<チェコのストライカー、パパドプロス>

<準決勝①>
オランダ対イングランド
後半終了間際にオランダが1-1の同点に追いつく。1周回って更に6人目まで続いたPKはオランダの勝利。

<準決勝②>
セルビア対ベルギー
2-0でセルビアの勝利。

<決勝>
オランダ対セルビア
セルビアは後半に一人が退場してから3失点。結局、4-1で地元オランダが2年連続優勝を果たした。

 ちなみに、ドイツは予選最後のプレーオフでイングランドに負けて本大会に出場はできなかった。独立したばかりのセルビアはいきなり決勝まで進出し、旧ユーゴスラビア圏の層の厚さ、ポテンシャルの高さを見せてくれた。それ以外にも、本選では1勝もできなかったイスラエルだが、本来強豪といわれる国以外も着実に力をつけてきている。もともと激戦区だったヨーロッパだが、これから実力が拮抗してきて更に厳しい戦いになってくる。

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2007年5月12日 (土)

ルワンダへ旅立つ

I remember when we used to sit in a government yard in Koblenz,
observing the hypocrites as they mingled with good people we meet.
Good friends we had, good friends we´ve lost along the way.
In this great future you can´t forget your past, so dry your tears I say.

 Koblenz(コブレンツ)での約3週間にわたるインターナショナルコーチライセンスコースが終わり、参加者はC級ライセンスの証明書を手にそれぞれの国へ帰って行った。期間中はサッカー三昧だったけど、各国の文化、共通の音楽、映画などの話でも盛り上がった。上に書かれているのは、ある歌の地名の部分をKoblenz(コブレンツ)に変えたこのグループのテーマソング。コブレンツの見所となるDeutsches Eck(ドイチェスエック)やEhrenbreitstein Festung(エーレンブライトシュタイン要塞)はもちろんのこと、参加者はコブレンツ滞在を存分に満喫していった。

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<ルワンダのみんなとドイチェスエックにて>

 ルワンダからは7人が参加していて、期間中一緒にいることが多く、いろいろな話をした。ルワンダの人口は800万人弱で首都はキガリという都市。公用語としてケニヤ・ルワンダ(ルワンダ語)、英語、フランス語が使われている。ちなみにケニヤ・ルワンダで乾杯は「クルズィマ・ブガチュ!」。

 以前にも書いたけど、Keita(ケイタ)という名前はアフリカ系の苗字らしい。改めて彼らに確認したところ、コートジボアールなどにはケイタがわんさかいるらしい。ワールドカップではコートジボアール代表のケイタがゴールを決めていた。また、ブンデスリーガ2部に所属しているTusコブレンツにはベルギー国籍のケイタがいる。ルワンダにはまだしっかりとしたプロサッカーリーグはないが、ヨーロッパで活躍している選手も何人かいるらしい。

 サッカー事情以外にも、フツ族とツチ族の内戦のことや1994年に起きた大量虐殺のことを一生懸命語っていた。話だけでは伝われらないので、とにかくルワンダに来て欲しいとみんな言っていた。大量虐殺では100日で100万人が殺されたらしく、2004年にハリウッドで「ホテルルワンダ」と言うノンフィクションの映画が作られているので見てみたい。日本では当初公開されなかったけど、インターネットの署名で公開が実現したらしい。

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<ポーランドのアダム(左)とマーシェック(右)と>

 ポーランドからはアダムとマーシェックの2人が参加していた。アダムはポーランドの3部リーグでプレーしていて、マーシェックは体育の先生をしている。授業も積極的に受けていて、当たり前だけど時間もしっかり守っていた。ルワンダの数人はなかなか時間にルーズで、ドイツ人コーチに「他の国ではわからないが、ドイツは9時といったら9時に始まる。」と言われていた。一緒に遊びに行く時も、ルワンダの数人には他の人よりも15分前に時間を設定しておいた。

 元ルワンダ代表のキーパーで、今は代表のキーパーコーチをしているクロードは、ルワンダグループの中でもボス格だが、こいつが一番時間にルーズだった。威張ったりしているわけではないが、時間の概念がないに等しい。いつもマイペースで楽しくやっている。俺がルワンダに行ったら、こいつの家も車もすべて使い放題らしい。「すべて任せておけ」と言っていたが、どうなるものか、行けばわかるさ。

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<Mr. President、コブレンツで記念撮影>

 一番仲のよかったヴィンセントはいろいろな国の言葉を操り、いろいろなことを教えてくれた。ボブ・マーリーとレゲエを愛し、時間もしっかり守るし、真面目にサッカーの勉強をしていた。ルワンダに行ったら何も心配は要らないといっていたが、本当に信頼できる男。

 上の写真の男は、ルワンダの他のみんなから「ルワンダのコメディアン」と言われていた。一番テンションが高いので一見いい加減そうだが、時間をしっかり守るし、遊びに行っても一番真面目。なぜかわからないがみんなからは「Mr. President」と呼ばれていて、本名が「テオナス」だと知ったのはコースが終わる1週間前。テオナスとは太陽の神という意味らしい。自分でも「将来はプレジデントになる」と言っていたが、いつか大物になるかもしれない。俺がルワンダに行ったら、アシスタントコーチとして雇ってくれと言っていた。

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<ジャージをもらいルワンダの仲間入り>

 
上の写真の男は、ルワンダサッカー協会の秘書などをしているハサン。授業では一番発言をしていて、その自信あふれる言動から、みんなから「モウリーニョ」と呼ばれていた。俺がルワンダに行ったら「何の問題もない」と断言していたが、将来はアメリカに留学をしたいとも言っていた。

 ソーステンと言う男からは最後にルワンダのユニフォームをもらったが、これは彼が代表で着ていたものらしい。ルワンダでは一人暮らしをしているので、いつでも泊まりに来ていいと言っていた。彼にラストサムライのDVDを貸したらえらく日本に興味を示していたが、トムクルーズだけ最後に生き残ったのには納得いっていなかった。日本のことについていろいろ聞いてきたが、日本がヨーロッパの一部だと思っていたのには驚いた。「ファーストサムライ面白かった。」と言っていた。

 最後に、キガリの役所で働くアタナスというたいへん華奢な男がいたが、いつも疲れきっていて、部屋を真っ暗にしてベッドの中でぐったりしていた。普段は無口で物静かだが、たまにキラーパスとなる発言をする。最終日のフランクフルト空港では、エスカレーターの最上部まで上がったはいいが、たくさん荷物を積んだカートを押し切れず、後ろから上がってくるハサンのカートにはさまれていた。ハサンは「アタナス!アタナス!」と叫んでいたが、アタナスはまるで他人事のように「アタナス!アタナス!」とハサンのマネをしてからかっていた。ルワンダのみんなにはいろいろなお土産を渡したが、アタナスは「北斗神拳伝承者」と書かれたTシャツを着てフランクフルト空港を飛び立っていった。

それではまたルワンダで会う日まで。クルズィマ・ブガチュ。

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2007年5月10日 (木)

インターナショナルコーチライセンス 課外授業編

 ドイツのKoblenz(コブレンツ)という街で、サッカーのインターナショナルコーチライセンス講習が行われている。約3週間、教室で理論を学んだりグランドで実際に演習を行ったりし、最後に筆記試験とコーチの実技テストに合格するとドイツのC級ライセンスがもらえることになっている。参加者は、地元ドイツのほかに、ルワンダから7人、ポーランドから2人、ブルガリア、グルジア、コソボ、日本。これらの外国人のために講習はすべて英語で行われた。講習以外にもかなりのハイテンション具合でいろいろなことをしたので参加者たちはとても仲良くなった。

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<今年初プール>

 期間中、5月ながら夏のように暑くなる日があり、夜遅くまで外でBBQをしたりライン川沿いでジャーマンスープを飲んだりすることができた。ジャーマンスープとはスープのことでなく、このグループではビールのことを指す。
 みんなでプールにも行ったときは、ルワンダの仲間たちとウォータースライダーではしゃいだが、前日の疲れからか、みんなその後はもっぱら日光浴をしていた。ルワンダのハサン(写真赤シャツ)は一生懸命平泳ぎの練習をしていた。シドニーオリンピックでおぼれそうに泳いでいたギニアのムサンバニを思い出した。

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<お気に入りのメキシカンバーにて>

 写真は仲のよかったテオナス(左)、アタナス(中)、ヴィンセント(右)と行きつけのメキシカンバーへ行った時。初めてこのバーにルワンダの数人を連れて行ったところ、えらく気に入った様子で、「これがヨーロッパだ。ドイツに来てから一番楽しい。」と言っていた。残念ながらドイツではなくメキシコのバーだったけど、とにかくみんなジャーマンスープを堪能しながらはしゃいでいた。部屋で爆酔していたハサンは、翌日仲間からバーの様子を知らされ「何で起こしてくれなかったんだ。次は絶対に連れてけ。」とうるさかった。結局、期間中このバーには4回来ることになった。

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<チャンピオンズリーグを観戦>

 講習期間中、チャンピオンズリーグやUEFAカップの試合もあり、スポーツシューレのバーや街のスポーツバーでみんなで観戦していた。とにかくみんなサッカーが好きなので、これらの試合を見逃すわけには行かない。やれあの選手が好きだの嫌いだの、やれ今のプレーはいいだの悪いだの、やれあの選手のほうがあの選手よりもいいだの、とにかくサッカーを知らない人がこの集団に入ったらさぞかし退屈することになると思う。
 こんな感じで、授業がないときも話の話題はほとんどがサッカーのことになる。

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2007年5月 2日 (水)

インターナショナルコーチライセンス

 ドイツサッカー協会(DFB)やラインラントサッカー協会(RFV)などの協力により、4月18日からドイツのKoblenz(コブレンツ)で外国人を対象としたサッカーコーチの講習会が行われている。内容はドイツC級ライセンスと同レベルで、実技と講義はすべて英語で行われる。3週間弱の講習を終えてテストに合格すれば、ドイツのC級コーチライセンスをもらうことができる。自分は2005年にドイツのC級ライセンスを取ったけど、Wirges(ヴィルゲス)関係でこの興味深い話が回ってきたので、時間があるときに部分的に参加させてもらうことになった。参加者は、この前対戦したルワンダから7人、そのほかにもポーランド、ブルガリア、グルジア、ボスニアなどからはるばるやっている。とにかくサッカー好きばかりが集まっている。

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<教室での授業風景>

 受講者はコブレンツのSportschule(スポーツシューレ)に泊まり、教室やグランドでの講習を受けた。スポーツシューレとは直訳するとスポーツ学校という意味だけど、実際は学校ではなくスポーツ総合施設。敷地内にさまざまなスポーツ施設や宿泊施設があり、地域の各スポーツ協会などが置かれている場合が多い。ドイツ国内に20数箇所あり、オリンピック選手のトレーニング、地域選抜チームの合宿、さらにプロアマ問わずさまざまなスポーツの講習などのために使用されている。コブレンツのスポーツシューレにはRheinland(ラインラント)サッカー協会が置かれている。食事の時間に遅れると食堂のおばちゃんに怒られるので気をつけなければいけない。

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<ストレッチ講習で痛がるルワンダのハサン>

 
授業にはドイツ人の講師が入れ替わりで来ている。フィジオセラピーの授業にはU18ドイツ代表でフィジオセラピストをしているマティアスが来て講義と実演を行った。プロチームではドクターと2,3人のフィジオセラピストがチームを組んでチーム全体のコンディションの管理を行っているが、ドイツでは各アマチュアチームにも最低1人の専属フィジオセラピストがついている。彼らの仕事は、選手のマッサージからテーピング、試合中負傷した選手の治療、怪我人のリハビリなどさまざま。ドクターの診断を下に、選手をできるだけフィットした状態で試合へ送り出す。彼らは、治療などで選手と身近に過ごす時間が多いので、選手が監督やコーチには話さないようなプライベートな話も聞くことができる。選手のコンディションをフィジカル的だけでなくメンタル的にも管理する上で、こうした情報はコーチ陣にとっても貴重なものになる。

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<放課後はライン川沿いで>

 教室やグランドでの授業以外にも、Frankfurt(フランクフルト)対Bochum(ボーフム)のブンデスリーガ観戦やフランクフルトのDFB(ドイツサッカー協会)本部の訪問、ブンデスリーガ2部に所属する地元のTus Koblenz(トゥス コブレンツ)の試合観戦なども含まれて、参加者はドイツを満喫していた。

 コブレンツのスポーツシューレはライン川沿いにあり、授業が終わって時間があるときはみんなで川沿いでサッカーをしたり飲んだりできる。乾杯はそれぞれの国の言葉で何回も行われ、それぞれの国の国歌も歌われた。最終的にはいつも陽気なアフリカのノリになり、歌やダンスが始まる。

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2007年4月13日 (金)

意外な出会い - U18ルワンダ代表戦

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Wirges(ヴィルゲス) VS  U18ルワンダ代表

 今、U18ルワンダ代表がドイツのKoblenz(コブレンツ)で合宿をしている。来年のU19アフリカ選手権や再来年のワールドユース出場を目標に、約1ヶ月前にドイツ人の新監督の下でチームが結成された。場所も近いこともあり、ドイツ滞在中の対戦相手として急遽ヴィルゲスが選ばれた。

 ヴィルゲスはこの試合の前の週にリーグ戦をこなしており、更に次の週にはカップ戦とリーグ戦が控えている。スタメンの選手は過密スケジュールになってしまうので、ここのところ試合に出ていない選手がこの試合に出場することになった。それだけでは選手が足りないので、2軍とAユースからも何人かが出場した。ということで、自分たちは別メニューで練習することになった。
 と思って練習場に行ってみると、フィジカルコーチのロンギィが「遅いぞ。早く準備しろ。」と言う。「いや、俺は普通に練習だろ?」と言うと、どうやら出場予定だった選手が2人怪我でリタイヤしたらしい。週末の試合に備えて調整しようと思い、練習用のスパイクしか持ってきていなかったが、「左サイドバックをできるやつがいないから、残念だけど全部出てもらう。」と監督のハンズィに言われ急いで支度した。

 アップしている時に監督のハンズィにまた呼ばれ、「今度は何だよ」と思って行ってみると、ルワンダの監督が日本語で話しかけてきた。なんか見覚えがあると思ったら、一昨年の冬に、あるスポーツ雑誌に特集されていた「日本サッカーに関わりのある3人のドイツ人コーチ」のうちの1人だった。3人のうち1人は去年の1月に講演を聞きにいった日本サッカーの父クラマー氏で、もう1人は自分がドイツでプレーをしていたReimsbach(ライムズバッハ)の監督ウド(本名ウド・ヘルツァー)だったので、彼のこともなんとなく覚えていた。この監督はMichael Weiss(ミヒャエル・ヴァイス)というドイツ人で、日本では大久保のいた頃の国見高校や松井やパク・チソンのいた頃の京都パープルサンガでコーチをしていた。ミヒャエルはウドのこともよく知っており、意外なところでまたつながった。サッカーの世界は広いようで狭い。

 試合はというと、ヴィルゲスは3チームの混合チームでお互いに名前もわからない状態だったので、チームとして全く機能しなかった。選手の能力的にもチーム内でいくらか差があった。前後半ともにディフェンスの個人的なミスで1失点し、1点は豪快なミドルシュートを決められたものの、結局0-3で完敗した。一番驚いたのはゴールを決めた後にやっていたパフォーマンスだった。うまく表現できないが、4,5人の選手が体のばねを使って地面をくねくね這っていた。

 ルワンダの選手たちは新しい監督の下で訓練されており、また監督にアピールするためにモチベーションは高かった。チームとしていいサッカーをしてきたが、必ずしも勝てない相手ではなかった。ただ、U18のレベルで考えるとかなりのポテンシャルを感じる。ルワンダのA代表はFIFAランキング100位以下でシンガポールなどと同じくらいのレベルだが、このU18のチームはこれからもっともっと伸びてくるかもしれない。先日、デュッセルドルフの国際大会でカメルーンのU19を見てきたが、そのチームよりもテクニック、戦術に関しては上だった。

 試合の次の日、ミヒャエルに会うためにルワンダの合宿先に行ってみた。彼は受け持ったばかりのチームにすごく手ごたえを感じていて、先に控えるアフリカ選手権も楽しみにしている。それだけに、この日のヴィルゲス戦はたいへん残念だったようだ。むしろ、怒っていた。多分、ヴィルゲスとはもう試合をしてくれないと思う。「前半だけでもフルメンバーできてほしかった。」と言うように、せっかくドイツまでやってきたチームにもっと真剣に闘うべきだった。ルワンダはもうしばらくコブレンツで合宿をやる予定。

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2007年4月11日 (水)

U19チャンピオンズトロフィー in デュッセルドルフ

 Duesseldorf(デュッセルドルフ)では毎年イースターの時期にサッカーのU19国際トーナメントが開かれている。45回目を迎えるこの大会に、今年も世界各地から19歳以下のトップクラスのチームが参加した。大会には毎年日本高校選抜(3月で高校を卒業する選手も含む)も招待されており、今年はそのほかにも、オランダのPSVアイントホーフェン、イタリアのユベントス、カメルーンU19が海外から参加した。ドイツ国内からはバイエルン・ミュンヘン、ハンブルガーSV、ブレーメン、レバークーゼンといった強豪が顔をそろえ、地元デュッセルドルフからも、ドイツ3部リーグに所属するFortuna Duesseldorf(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)や B.V.デュッセルドルフが参加し、合計10チームで優勝が争われた。豪華な顔ぶれが集まるこの大会には、スカウトの眼も光っている。

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<日本高校選抜>

 
まず、参加10チームは5チームずつ2グループに振り分けられた。それぞれのグループが総当りで試合を行い、最終的に各グループの1,2位だけが準決勝に進むことができる。

グループ1:
日本高校選抜、PSVアイントホーフェン(オランダ)、ハンブルガーSV、ブレーメン、フォルトルナ・デュッセルドルフ

グループ2:
カメルーンU19、ユベントス(イタリア)、バイエルン・ミュンヘン、レバークーゼン、B.V.デュッセルドルフ

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<日本高校選抜(青)対ハンブルガーSV(白)>

 
大会は4日間にわたって行われ、2日目のグループリーグの試合を観にいった。初日の試合は観ていないが、日本高校選抜は地元のデュッセルドルフと対戦し0-1で負けたようだった。2日目、日本はハンブルクやアイントホーフェンと対戦し結果的には負けてしまったが、1日目よりも動きはよかったらしく、観ていた時も得点チャンスは十分にあったと思う。このあとブレーメンとも対戦したが、結局、日本高校選抜はグループリーグで1勝もできず終わってしまった。ただ、シーズンを通して戦っているクラブチームと比べると、選抜チームはまとまって準備する時間が少ないのでチームとして戦うのに苦労したと思う。チームでボールを奪いに行くタイミングやスムーズな攻撃がまだチームとして機能していないように思えた。

 それ以外には、日本の選手はフィジカル的にもっとトレーニングが必要だと思った。いいプレーをすると思いきや、プレッシャーの中で簡単なキックミスやトラップミスが他のチームと比べて目立った。また、ボール際で取れそうなところでタックルが出なかったり、寄せが甘かったりした。手足の長さやもさることながら、これから上のレベルに進むには、もっと体幹を中心とした筋力トレーニングで強く安定したプレーが必要になってくると思う。

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<カメルーンU19(緑)対B.V.デュッセルドルフ(白)>

 地元B.V.デュッセルドルフはファンの応援の下、カメルーンのU19と対戦した。カメルーンには身体能力が跳びぬけている選手はいたが、戦術やテクニックの面ではまだそこまでのレベルではなく、チームとしてもあまりまとまりがなかった。先制点はデュッセルドルフで、後半にカメルーンが同点に追いつき、試合は1-1の引き分けに終わった。カメルーンはその後レバークーゼン、ユベントス、ミュンヘンに3連敗し、この試合の勝ち点1だけでグループリーグを終えた。

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<日本高校選抜(白)対PSVアイントホーフェン(水色)>

 グループ1からはバイエルン・ミュンヘン、レバークーゼン、グループ2からはアイントホーフェン、ブレーメンがそれぞれ準決勝に進出した。決勝はバイエルン対レバークーゼンになり、グループリーグの対戦では4-1とバイエルンが大勝したものの、決勝ではレバークーゼンが1-0で勝利を収め雪辱を果たした。レバークーゼンは2003年ぶりの優勝となる。

 ワールドカップで惨敗してオシム監督が日本代表の指揮をとってから、日本では「日本人らしいサッカー」という言葉をよく耳にするようになった。今回の試合を観てその必要性を感じた。しかし、それ以前にもっともっと国際レベルで標準となっているサッカーを知らなければいけないとも思った。昔、あるメジャーリーガーが日本のプロ野球でプレーをした時「日本の野球は、野球に似たスポーツだ。」と言っていたらしい。このことは日本のサッカーにも言えることだと思う。
 「1つの国しか知らないということは、1つの国も知らない」と誰かが言っていたが、外のものと比べることをしなければ、自分たちのいいところも悪いところも本当の意味でわからないと思う。文化にしても何にしても、日本であたりまえにやっていることが、海外では違う場合もあるということを自分も体験した。短い間では深くまでわからないかもしれないが、大会に参加できた選手たちは何か感じるものがあったと思う。

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2007年3月25日 (日)

U19 ドイツ対グルジア

 Koblenz(コブレンツ)から少し離れたBad Ems(バート・エムス)という街で、U19のドイツ代表対グルジア代表のテストマッチが行われた。バート・エムスはドイツの皇帝なども昔訪れていた保養地らしく、俺も一度だけここの温泉に行ったことがある。小さなスタジアムには3500人ほどの観客が集まった。

 ドイツではU19はAユースの年代にあたり(AユースからFユースまで2年ごとにカテゴリー分けされている)、U19ドイツ代表のほとんどはブンデスリーガのユースチーム所属だった。グルジアチームのなかにはドイツで生活してプレーしている選手も多かったらしい。
 ちなみにグルジアのA代表の監督はドイツ人のトップメラー。バラックやルシオがいた頃のレバークーゼンをチャンピオンズリーグ決勝まで導き、高原選手のハンブルガーでもチームの指揮を取っていた。

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<ドイツ(白)対グルジア(赤)>

 「U19の親善試合なのにあれだけの観客が集まるのには驚いた。この年代でも選手はドイツ代表として見られプレッシャーを感じながらプレーしているんだと思った」と、はとこのショーヤが言うように、地元サッカーファンはドイツ代表を見ようと、ユニフォームやマフラー、旗を持って会場に訪れていた。

 前半はドイツが攻め続けていたけどなかなか得点できず、逆にグルジアに決定的なチャンスを2度も作られていた。後半、ドイツが2点を取り2-0で勝利したけど、グルジアに決定的なチャンスを決められていたらどういう流れになるかわからない不安定な試合内容だった。「もっと大差でつけなければいけない試合だった」と試合を観に来ていたヴィルゲスのキーパーコーチが言うように、ドイツは決定力に欠けた。

 U19ドイツ代表は、5月にヨーロッパ選手権の予選でアイルランドと対戦する。

 

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2007年1月24日 (水)

Keramik Cup 2007

 1月20日と21日にWirges(ヴィルゲス)主催でU17の国際室内サッカー大会が開催された。1996年に始まったこのKeramik Cup(ケラミックカップ)は毎年この時期に行われていて、ドイツ国外からトップチームが参加している。昨年はオーストリアやデンマークからもチームが参加し、優勝はレバークーゼンだった。

 大会主催チームとしてヴィルゲスは毎年参加しており、今年はドイツ国外からデンマークのBroenby(ブレンビー)が大会に参加していた。ブンデスリーガ下部組織からは、カイザースラウテルン、レバークーゼン、ケルン、ベルリン、ハンブルク、カールスルーエ、シャルケなどが大会に参加していた。

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<主催チームとしてヴィルゲス(青)も参加>

 昨年12月にデュレンという街で行われたU15の室内サッカー大会同様、試合はキーパーを含めた5対5で行われる。フットサルに似ているけど、フィールドは1メートルほどの壁に囲まれていて、その壁を越えない限りプレーは続行される。壁を超えた場合は壁の近くからボールを手で転がして再開する。また、ボディーコンタクトやスライディングタックルもありのためたいへん危険。俺も先日の大会でけずられて怪我をした。

 1日目は12チームが2グループに分かれ、6チームによる総当りで試合をした。ヴィルゲスのU17もがんばってはいたが、シャルケやハンブルクなどを相手にグループリーグで全敗し、結局最下位の12位だった。

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<試合の合間のショー>

準決勝終了後、ブラスバンドによるアトラクションで休憩。
ドイツチャンピオンらしい。

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<Leverkusen対1860Muenchen>

 ブンデスリーガ同士の対決は1点差による決着が多かった。全体的に同じ年代の日本人よりも体ができているため、ボーディーコンタクトは激しかった。この年代でも日本人の成人よりもがっちりした選手を何人か見かけた。

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<表彰式>

 優勝は決勝でハンブルクに1-0で勝ったカイザースラウテルン。両チームともに多少距離があってもどんどんシュートを打っていた。全体的にキーパーの瞬発力、質は高く、ハンブルクのキーパーは最優秀キーパーに選ばれた。

 ヴィルゲスは大会を12位で終了したが、トップチーム相手にいい経験を積むことができた。また来年の挑戦が待っている。
 今大会の上位6位は自動的に来年の大会への出場権が与えられる。今大会に出場したハンブルク、カイザースラウテルン、1860ミュンヘン、デンマークのブレンビー、そして今回は参加していなかったけどスイスのバーゼルは、気の早いことにすでに2008年の大会出場を表明している。

 それではまた来年。

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2006年6月 5日 (月)

日本対マルタ in Duesseldorf

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<日本対マルタ戦の会場・LTUアリーナ>

 ワールドカップ前のドイツでの親善試合2戦目。日本対マルタ戦を観にいってきた。会場となったデュッセルドルフのLTUアリーナはできたばかりのきれいなスタジアムで、今年のCM撮影の時にも使用したところだった。ここはドイツ3部リーグに所属するフォルトナ・デュッセルドルフのホームスタジアムでもあり、この日1万人ほど観客が入ってもまだまだ席に余裕があった。応援に駆けつけたのは青いユニフォームを着た日本人サポーターばかりで、どこもかしこも侍ブルー一色。日本語のスタジアムアナウンスまで用意され、完全に日本のホームだった。マルタサポーターは1人だけしか見当たらず、侍ブルーをまとったドイツ人もけっこう見かけた。

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<日本人に埋め尽くされたスタジアム>

 この日は前回の高原・柳沢の2トップの代わりに玉田と大黒、右サイドは駒野が先発だった。開始早々、アレックスからのクロスを玉田が左で流し込み先制。みんなゴールラッシュを期待していたと思う。
 マルタの試合は一度も見たことはなかったけど、アップを見た感じではフィジカルもありそこそこやりそうな感じだった。今回のワールドカップヨーロッパ予選では3分7敗でグループ最下位だった。マルタは4-5-1のシステムで、完全にカウンター狙いで退いていた。それも、大差で負けなければいいや、という感じで勝つ気が感じられなかった。
 先制後、ずっと日本がボールを支配していたけど点が入らない。相手が攻めてこないから得意のカウンターもできずやりにくかったかもしれないけど、ドイツ戦では見られなかったパスミスやトラップミスが何回かあった。結局、その後のゴールはなく1-0で試合は終了。あまり面白い試合ではなかった。
 

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<ジャパンサポーター

 マルタはそこまで弱くなく、しかもすごいディフェンシヴだったけど、それでも2-0か3-0で勝てる相手だった。後半、日本は4-4-2、4-5-1とシステム変更をしたけど、中盤がみんな中の選手ばかり(中田、中村、福西、小野、稲本、小笠原)でサイドからの攻撃がなくなった。守りに入っている相手にワンパターンの攻撃だったから、余計ゴールが難しかったと思う。ワールドカップ本番ではどのチームも確実に日本戦で勝ちを狙ってくると思うので、とりあえずは3-5-2でカウンターとサイドからの攻撃で点を取るチャンスはあると思う。つーか、取ってくれ。
 ディフェンス面ではドイツ戦と同じような感想だった。宮本が1対1で抜かれた後にしたファールは、完全にイエローカード。本番でもああいうファールは仕方なくしてしまうと思うけど、とりあえず1対1の局面はなるべく作らない。失点はなんとか0に抑えられたけど、セットプレーなどで日本のゴールバーを2回直撃する場面もあった。マルタ相手でもセットプレーで何回もシュートを打たれていた。とりあえず、自陣のサイドではなるべくファールをしないようにするしかない。そして、中途半端なクリアーはしない。

 これでドイツでの親善試合2試合が終了。他の各国も調整を終えていよいよ本番に入る。日本のグループの対戦相手も試合をしている。
ポーランドxクロアチア(1-0)
オランダxオーストラリア(1-1)
ブラジルxニュージーランド(4-0)

ワールドカップまであと5日。どうなるものか、行けばわかるさ。ありがとー!

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2006年5月31日 (水)

ドイツ対日本 in Leverkusen

 ワールドカップ前の重要な親善試合、ドイツ対日本戦。晴れたり雨が降ったりする天候の中、レバークーゼンのスタジアムまで観にいった。会場の周りにはドイツ人サポーターがうようよしていたけど、日本サポーターも思ったよりも多く見かけた。中には日本のユニフォームを着ているドイツ人サポーターも見かけた。スタジアムはやや小さめで、スタジアム付近のスペースも少ないので、行き帰りはすごく混雑していてたいへんだった。

 メンバー紹介が終わり国家の斉唱。着物を着た日本人女性がグランドで歌い、それに合わせて友達のゴッツが熱唱していた。試合前の予想では、周りのドイツ人はみんなドイツが勝つことを確信していた。4-0でドイツだの、3-1でドイツだの、2-1でかろうじてドイツが勝つだの言いたい放題だった。そんな俺も、「サイドからボールを放り込みまくれば、4-0でドイツが勝つ」と言って祖国日本をなめていた。

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<きーみーがーーよーはー>

ドイツ
GK:1.レーマン
DF:2.ヤンセン 21.メッツェルダー 17.マーテザッカー 19.シュナイダー
MF:7.シュヴァインシュタイガー 8.フリングス 13.バラック 18.ボロウスキー
FW:11.クローゼ 20.ポドルスキー
途中出場:6.ノボトニー 10.ノイヴィル 23.オドンコ  

日本 
GK:23.川口
DF:5.宮本 19.坪井 22.中澤
MF:14.アレックス 15.福西 21.加地 7.中田 10.中村
FM:9.高原 13.柳沢
途中出場:3.駒野 20.玉田 16.大黒
 
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<ドイツの中に舞う日の丸>

 
前回はホームで全く歯が立たず3-0で負けたので今回はどんな感じになるのかと思ったけど、序盤は日本が早いパス回しでチャンスを作り出していた。キーパーと1対1になる場面が2回あったが、レーマンのファインセーブで防がれた。
 日本の中盤は落ち着いていて、中田、中村、福西はなかなかボールを取られず攻撃のリズムを作り出していた。ただ、少しずつ試合が落ち着いてくるとドイツが攻め込む時間が増えてきた。特に左サイドのシュバインシュタイガーはこの日切れていて日本ゴール前にクロスをあげてきた。中ではクローゼやバラックが待ち構えていて、ヘディングの強さを見せていたけどゴールには至らなかった。前半は0-0で終了した。

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<スタジアムは暖房が効いて暖かかった>

 最近ドイツは雨がよく降るし、気温も10℃をきることが多い。ワールドカップ前で夏も近づいてきているのに寒い。
 後半に入り先制したのは日本。カウンターで柳沢のパスから高原が決めた。そして、2点目も高原。中田、中村がボールを失わず、交代で入った駒野が落ち着いて高原へとパス。高原はファーストタッチ後、少し強引に振り向き勝負してゴール左隅に決めた。レーマンが2点を決められ、周りのドイツ人はがっかりしたり、顔を真っ赤にして怒っていた。
 ドイツは最終手段として、今回のワールドカップメンバーとして初めて代表に選ばれたオドンコを投入した。これが代表初ゲームだったので少し力んでいたかもしれないけど、右サイドで果敢に勝負してリズムを作り出していた。中田のファールでドイツは左サイドでフリーキックのチャンス。「そこでファールはやばいよ」って言っていると、ゴール前に放り込まれたボールをクローゼがあわせて1点差とした。その後、今度はドイツの右サイドでフリーキック。「そこのファールはやめろ」って言っていると、今度はシュヴァインシュタイガーにヘディングでぶち込まれ同点になってしまった。
 その後、日本にもビッグチャンスがあったけど、試合は2-2のまま終了。ドイツ相手にいい試合をしたのはよかったと思うけど、これが予選リーグだったら、絶対に勝って勝ち点3を取りたいところだった。

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<えっ、どこの応援?ノリノリトルコ人>

最近行われた日本での2試合は見てないから、今回の試合だけで気づいたことを勝手に書くよ。

①フィニッシュ前の日本の速いコンビネーションは良かった。良かったからフィニッシュにつながったか。中田、中村、福西、高原、柳沢はいいコンビネーションだった。特に中田は縦パス(ゴール)の意識が高かった。2点リードしてからは無理に急ぎすぎることもなくプレーしていたと思う。
②キーパーとの1対1になるチャンスがたくさんできた。もっと決めれた。逆にレーマンはよく2点に抑えた。この前のチャンピオンズリーグは不完全燃焼だったけど、ドイツのワールドカップはレーマンにかかってるかもしれない。
③中澤がオーバーラップしたときのディフェンスラインが不安定。連携ミスで相手に攻撃のチャンスを広げさせたように見えた。本番は無理に上がらないでいいんじゃねー?ディフェンスがんばってくれ。
④クローゼ、バラックたちはヘディング強し。ドイツは無理に崩さないでパワープレイでいけばいいんじゃねー?点が入ってリズムが出てきたら回してけばいいじゃん。
⑤つーか、ドイツはサイドからのアシストをもっと増やせば得点のチャンスが増えると思う。シュバインシュタイガーは左でチャンスを作ってた。右のシュナイダーはサイドバックであまり前に出て来れなかった。本来はもう少し前でいい攻撃ができるけど、サイドバックでも経験があって落ち着いている。代わりに途中から入ったオドンコはスピードを生かしてアレックスにどんどん仕掛けてた。2点のビハインドからいい流れを呼び戻していた。この日先発でオドンコと代わったボロウスキーはミスが多かった。
⑥坪井のディフェンスは地上戦ではいいと思う。ただ、ボールを取ったあと中途半端なパスをしてピンチを招いていた。前半だけで2回も。本番、あーいうのはとりあえずクリアで。指示が出たのか、後半は簡単にクリアしていた。
⑦福西はボールをさばけて、守備でも敵を潰せる。途中から入った駒野も落ち着いていた。

次は6月4日にマルタ戦。
じゃあ、デュッセルドルフのスタジアム集合で。

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2006年3月 4日 (土)

女子サッカー テストマッチ ドイツ対中国

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<中国(赤ユニフォーム)のカウンター>

 ここザールラント州のホンブルクで、国際親善試合が行われた。対戦カードはドイツ対中国。女子サッカーの試合だったけど、2万人以上の観客が集まり、スタジアムは超満員だった。

 ドイツの女子サッカー代表はFIFAランキング1位で、前回のワールドカップ03アメリカ大会でも優勝している。まさに女子サッカー界の王者。ストライカーのプリンツは3年連続で女子のFIFA最優秀選手に選ばれて、セリエAのペルージャ(男子)から話題集めとはいえオファーも受けていた。本人は、試合出場の機会が減るからと言う理由でこのオファーを断った。
 中国女子代表はアジアでは北朝鮮に次ぐ強国で、FIFAランキング9位くらい。(北朝鮮6位、日本11位、アメリカ2位、スウェーデン3位)。試合当日の昼食時にスポーツシューレの食堂で会った。

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<盛り上がる中国サポーターコーナ>


 完全防寒していたけど、試合前日に雪が降ったのでスタジアムで観ているのはマジで寒かった。会場アナウンスのおっさんの「温まるためにみんなでウェーヴをしよう」と言う言葉に乗せられて、会場全体で何回かウェーヴを繰り返していたが、全く効果なし。

 試合は、王者ドイツが終始ゲームを支配していた。中国もでかい選手が多かったけど、とにかくドイツの選手はゴツイ。エースのプリンツを含め、何人かの選手はほんとに重戦車だった。ヨーロッパ選手権で、ドイツと体の小さい国の選手との試合を観たことがあるけど、まさに大人と子供の試合。やりたい放題にぼこぼこにしていた。
 しかし、中国も中盤の選手を基点に何度かいいチャンスを作り出していた。中でも、オフェンシヴの10番、長身ボランチの8番、フォワードの9番は、フィジカルとテクニックでドイツディフェンダーをてこずらせていた。前半は0-0で終了。

 ハーフタイムには、コーチライセンスの時の先生(ドイツ女子サッカー界の和田あき子)のしきりで、地元ザールラント選抜の女子サッカー選手によるサッカーバレエが行われた。音楽(サンバ風)に合わせて、リフティングしたりドリブルしたり踊ったりしていた。最近はやり始めているらしい。

 後半に入り、雪がまたぱらついてきた。相変わらずドイツペースだったけど、中国もカウンターでチャンスを狙っていた。
 後半15分あたりの中国のコーナーキック。キッカーは左サイドの8番。この選手はサイドの割りに足が相当遅かったけど、キックはなかなか正確だった。高めに巻いたボールは、キーパーを越えてそのままファーポストにゴール。中国サポーターはお祭り騒ぎだった。
 この後、ドイツの怒涛の攻撃が始まった。王者として、選手も観客も必死だった。中盤でのダイレクトプレーやサイドからのセンタリングからビッグチャンスを何度も作っていたけど、中国のキーパーが何度もファインセーブ。プリンツの切れもあまり感じられなかった。むしろ右サイドの小さい選手のほうがスピードがあってよかった。
 結局、1-0で試合は終了。ドイツサポーターはがっかり、中国サポーターはお祭り騒ぎだった。

 この日、男子のドイツ代表もイタリアで試合があった。アウェイとはいえ、イタリア代表に4-1でぼこぼこにされた。ワールドカップが近づいているのにぼろぼろ。今回はグループリーグ敗退の危機もあるかも。

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2005年6月22日 (水)

コンフェデ観戦 日本対ギリシャ

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<ステージの上でギリシャサポーターと交流を深める>

 フランクフルトでの日本対ギリシャ戦を観にいった。会場はどこもかしこもギリシャサポーターだらけだった。何回かギリシャサポーターが写真を一緒にとってくれと言ってきた。友達のアキラが作った日の丸の旗と一緒に写真を撮った。
 
 スタジアムの前ではイベントが行われていた。ステージの前を通りがかった時、司会かなんかのおっさんに「ステージ上がって来い」と言われ、ステージに上がることになった。ステージ上では歌ったり踊ったりして、ギリシャサポーターと交流を深めることが出来た。

 日本は中盤でよくパスをまわし、ゴール前で何回かいい形をつくることができた。ただ、ツートップがシュートを枠外にはずしたり、消極的なプレーをしたりしたので、なかなか点が入らなかった。途中交代の大黒がなんとか1点決めて勝つことが出来たけど。

 ギリシャは良い所もなく、ヨーロッパチャンピオンとしての実力をまったく発揮しなかった。ユーロ(ヨーロッパ選手権)の時は、勢いと強さを感じたけど、今はワールドカップの予選を通過できるかどうか危うい。

 アキラの作った旗は、プラハでのチェコ戦でも活躍した。今の所、その旗と2回応援に行って2回とも勝っている。そして、旗にはアキラの実家・岡山のラーメン屋「せんや」の名が刻まれている。
 お勧めはランチのBセット(地中海で取れた蛸を使ったたこ飯とラーメンとから揚げのセット)。ラーメン1杯450円!

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2005年3月17日 (木)

ドイツ・チェコと日本のサッカー選手の違い

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<世話になっているトレーニングジムのオーナー・マリオ>

 昨日は筋トレの日。アウトバーンで30分かけて、毎週通っているジムにいった。今はシーズン中で、試合に疲れが残ってしまうので基本的に週一回だけ行く。(オフシーズン中は週2・3回)サッカー選手には必要以上の筋肉は逆効果になってしまうので、体幹を中心にバランスや柔軟性を失わないように鍛えていく。実践で使える筋肉をつけていく。

 たくさんのドイツ人やチェコ人のサッカー選手と一緒にプレーしてきたが、基本的に日本人より体格に恵まれている。身長や体重、手足の長さ、骨格や姿勢などフィジカル面での違い。メンタル面では、遊びのゲームでも必死でやる負けず嫌いなところや、自分の国のサッカーに対して誇りを持っていること。
 でも、一緒に筋トレをしてみるとほとんどの選手がそんなに重いものを持ち上げられない。(ある程度の重さはできるけど)しかも、食事等にもあまり気を使っていない。もともとの骨格や筋肉のつき方が日本人とは違うので、トレーニングをしなくてもある程度の体の状態を維持している。このへんは仕方ないが、とにかく日本人はトレーニングによってある程度鍛えられないと苦労すると思う。(その差を埋めることができる武器を持っていればいいけど)

 でも、日本人選手にもドイツ人やチェコ人と比べて優れている部分はある。コーディネーションや足元の器用さ、イマジネーション、真面目さ。これらのいい部分をうまく出しながら、ヨーロッパのサッカーに慣れていけば、いい評価をされるかもしれない。逆に意識しすぎて、見かけだけで状況に適さないテクニックに走ったり、必要以上に深く真剣に考えすぎたりすることは悪循環を作るだけになってしまう。常に心に余裕を持って、精神的にも身体的にもバランスを心がけるようにしたい。とにかく、サッカーの種類が違うので、うまく対応しないといけない。

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2005年3月13日 (日)

ドイツに舞い戻る

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<プラハでのデビュー戦後>

 3ヶ月の日本滞在からドイツに舞戻ってきた。今回の日本滞在の目的は、Jリーグのチームと契約することだったけどうまくいかず。結局プロとしての短いキャリアは終わった。"Alles vorbei..." (2年ドイツにいて、去年はチェコのプロチームでやってた)

 そして、これからは新しい道に進むことになった。それは、ドイツでサッカーのコーチのライセンスを取ること。選手としてはまだまだできるし、若いやつにも負ける気はない。絶対負けん!
 でも、これからは気持ちを切り替えて、次の目標に向かっていく。サッカーはアマチュアのチームに入って楽しくやろう。

 ということで、ドイツに舞い戻ってきたが、戻ってきてからずっと雪。もう3試合も流れた。今日はやっと試合が行われたが、天候が悪く、アマチュアなので土のグランドだった。(芝はまだ凍っていた)
 でも、ドイツのサッカーチームはアマチュアでも、ほとんどすべてのチームが自分たちの専用の芝のグランドとクラブハウスを持っている。プラス、人工芝とか土のグランドとかも。地域に密着してすべての小さい村までチームがある。サッカー文化は日本と桁違い。アマチュアでも入場料をとるし、おばちゃんまで選手に指示をする。

 俺は州1部リーグのチームに入っているが、今日の試合の結果は1対1のドロー。ロスタイムに同点に追いつかれてしまった。 ”Mensch!!"
リーグの緒戦はいつもうまくいかないものだから、とりあえず勝ち点1ゲットということで、ポジティヴに考えよう。ヨーロッパ人は切り替えが早い。

"Fussball ist die wichtigste Nebensache der Welt!"
(サッカーは、世の中の最も重要などうでもいいもの)

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