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2016年4月の2件の記事

2016年4月20日 (水)

ファーストタッチ - ボールコントロールから次のアクションへ

 ベースボール・マガジン社から、3冊目の本を出版しました。今回はテーマごとに1日のトレーニングをどのように発展させていくのか、いくつかの例を挙げました。ウォーミングアップからメインまでつながりのある練習メニューを提示しています。
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序章: 
ファーストタッチ
ボールコントロールから次のアクションへ

第1章: 
ボールコントロールからパス

第2章: 
ゴール前のファーストタッチ

第3章: 
背後のディフェンダーに対するボールコントロール

第4章:
浮き球のボールコントロール

第5章:
ビルドアップ/カウンターの中のボールコントロール

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はじめに

「テクニックはすばらしい、だけど・・・」
「とても面白いプレーをする、だけど・・・」
「日本のジュニア年代では素晴らしい選手がたくさんいる、だけど・・・」

日本の育成年代のチームと一緒にドイツに行って試合をしたあとや、ドイツの友人が日本に来て試合や練習を見たあと、ドイツの友人たちからこのような感想を耳にすることがよくあります。どの年代でもボール扱いは褒められる一方、1対1の甘さや基本的な個人戦術の欠如、状況把握や判断の悪さなどを指摘されます。

フィジカル面や戦術理解の面で比較的差が少ないジュニア年代では、ボール扱いのスキルを磨いている日本のチームが海外のチームを驚かすこともありますが、年代が上がるにつれてフィジカルやメンタル面、そして、特に戦術面の差が顕著になってくると、上述したコメントを耳にすることが多くなります。

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 本書はテクニックにおける”ボールコントロール”がメインテーマになっていますが、ただのボール扱いのスキル向上メニューではなく、将来に向けて幅広い土台作りを構築していくために、他のテクニックや戦術的要素を含めた複合的なメニューが多数掲載されています。難易度を調整すればどのような年代やレベルにも適用できるメニューが多く、実際に、僕が現在指導している小学生チームとJリーグ昇格を目指している社会人チーム”東京23FC”で本書内の同じメニューを行うときもよくあります。コーチングポイントを変えればさまざまなテーマにも応用可能ですので、いくつかの例を参考にアイデアを発展させてみてください。僕も、自分の教えた選手たちがドイツの友人たちに前述のようなコメントを言われないように努力していきます。

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撮影に協力してくれたフッチサッカークラブの皆さん、ありがとうございました。

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2016年4月 1日 (金)

グアルディオラのポジショナルプレー特別講座 - オスカル・カノ・モレノ

著者 オスカル・カノ・モレノ
1972年生まれ。グラナダ出身。グラナダCF、CPエヒド、UDサラマンカ、メリダUD、ベティス、CDアルコヤーノで監督を歴任。

訳者 羽中田 昌(はちゅうだ まさし)
1964年生まれ。山梨県甲府市出身。ヨハン・クライフがいるスペイン・バルセロナに5年間留学。帰国後は暁星高校と韮崎高校でコーチ、カマタマーレ讃岐と奈良クラブで監督を歴任。現在は東京23FC監督。

訳者 羽中田 まゆみ
1965年生まれ。山梨県韮崎市出身。1990年から夫に伴いバルセロナに5年間留学。公立の語学学校でスペイン語を学ぶ。

Pep

「グアルディオラは、超大型級のハリケーンだった。サッカー界にはびこるすべてのウソとインチキを破壊した。最近では、イタリア代表でさえもボールを持ってプレーしようとする。しかし、ブラジルだけが前よりも悪いサッカーをしている」
セサル・ルイス・メノッティ

「チームのエッセンスは、中盤にある。犠牲の精神、チーム全体のことを考えられる知性を備え、フットボールの本質を最も理解するのが中盤の選手たちだ」 
ペップ・グアルディオラ

「監督たちは皆、より多く走ることについて語りたがる。私は、多くの距離を走る必要はないと断言する。フットボールは、頭を使うスポーツだ。遅すぎず、早すぎず、適切な瞬間に適切な場にいることこそ重要なんだ」
ヨハン・クライフ

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幸運なことに優勝したチーム(ドイツ)は、いま流行の”前に急ぐだけのサッカー”を捨て、多くの選手たちの足から繰り出されるプレーの連続を核にしてくれた。

ペップは、できあがったものを疑おうとしないサッカー界からの脱走兵なのだ。・・・慣例化してしまったサッカーの定形を打ち破ることで限界を超えてきた

チームメイトとともに時間とスペースと信念を共有することで生まれる創造性こそ個性なのだ。・・・つまり、連携を放棄することは選手の個性を否定することでもある

選手を見ないで描くシナリオは、独自性と成長のチャンス、何よりもチームの豊かさを奪うからだ。

必ず勝つなどと試合前には絶対言えないことを宣言し、自らを守備的、攻撃的などとタイプに分けたがる(対戦相手によって守備的、攻撃的になるのが本当であり、対戦相手へのリスペクトに欠ける言動なのに)。

束縛されることを嫌う才能豊かな選手は、絶対に必要である。その意外性を受け入れて、全体の連係をはかる。彼らの創造性から生まれる、不確かだけれど豊かな表現を可能にすることで、私たちは良い監督になるかもしれない。

サッカーはまさに”可能性をトレーニングする媒体”。今確実にできることの練習ではなく、これからできるであろうこと=可能性を練習するのだ。

才能を扱うためには、今できることを繰り返していてはダメだ。今いるところよりも、もっと先にいく、新たな道を提示するというおせっかいが、才能を扱う秘訣だ。

フットボリスタが自分自身で何かをつかんだ時、ペップの喜びはひとしおとなる。

負けたことよりも良いプレーができなかったことが、私の大きな失望だ」 ペップ

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