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2014年7月21日 (月)

勝者の条件 - ドゥンガ

DUNGA(ドゥンガ)
1963年、ブラジルのリオ・グランデ・ド・スール州に生まれる。81年にインテルナショナル(ブラジル)でプロデビューし、フィオレンティーナ、シュツットガルトなどを経て、95年からジュビロ磐田に所属。ブラジル代表キャプテン。
ワールドユース・メキシコ大会優勝、ロス五輪(84年)準優勝、UEFAカップ(90年)準優勝、ワールドカップ・アメリカ大会(94年)優勝、ワールドカップ・フランス大会(98年)準優勝。
2006年から10年までブラジル代表監督。2014年から再度ブラジル代表監督。

Dunga

本文より

サッカーに限らず、どんなことでも、戦うためには自分の内面に「勝つ」という意図を明確に持たなければならない。私はいつもそうやって試合に臨んでいる。

ブラジル人にとってサッカーとは、最高の喜びであり、選手同士がぶつかる戦争でもある。

プロフェッショナルとして振る舞う上では、当然辛いことや苦しいことはあるだろう。けれども、それを辛いことだと考えてはいけない。あくまでも楽しいこと、自分の喜びだと考えるべきである。

私のストロングポイントは、絶対に勝つという強い意志もそうだが、相手よりも先んじて状況を判断し、この先に起こり得るプレーを予想する能力だと思っている。

自分に誠実に向き合い、ベストを尽くしたのであれば、他人がどうこう言おうが気にすることもない。

今頑張れない選手に四年後などない。また、四年後に現在のレベルを保てている保証もない。今日頑張れないものに明日はないのだ

(インテルナショナルのジュニアユース時代)
週末になると食事が出ないので、クラブから支給されるコカコーラ日本とサンドイッチ二つだけで済ませていたものだ。・・・金曜日や土曜日というのは若者なら遊びたいものだろう。それでも私たちは合宿所で練習していたのだ。
サッカーシューズも日曜にある試合でしか履けない。それ以外は体育館で履くような普通のシューズでプレーしていた。

何があってもグラウンドに私的な事情を持ち込むべきではない。

私は練習は戦いの場であって、試合は戦争の場だと思っている。

(イタリアに移籍したとき)
私が合わせるしかない。私のためにイタリアが変わることはない

私自身は「頑張って」という言葉を、勢いをつけた単なるパワーでプレーするのではなく、インテリジェンスを働かせ続けることだと解釈しているが、どうやら日本人にとってはそうでもないようだ。確かにガムシャラになることは大事かも知れない。しかし最終的に要求されるのは、冷静さとインテリジェンスなのだ。冷静な判断力がなければゴールは遠い。すべては、練習の段階から内面のバランスを保ってプレーしていれば、身に付くことだ。

確かに助け合いの精神は大切なことだと思うが、その前に自分の義務を果たすことが先決だ。

ブラジル代表と日本代表では、まだまだ力の差がある。その差は、簡単なことが正確にできるかどうかなのだ。つまりミスが多いか少ないかだ。

レギュラーとして試合に出場している選手だけがプロフェッショナルだとは限らないのだ。

私は、日本のサッカーは、理論的にはかなり進んでいると思っている。しかし、それを実際にグラウンド上で実現することが苦手なのだ。・・・
チーム全体を強化するということは、マシンを買ったり、コンピューターを買ったりすることではない。・・・もう十分だ。それよりも、人材が成長できる環境作りや、サポートするノウハウを蓄積するなり、外国から学ぶなりして、人を育てるべきだ

日本のチームのスカウトたちは決まって毎年のように誰でもわかるような有名な選手、高校や大学のナンバーワンだった選手だけをスカウトしてくる。そんなことなら誰でもできるというものだろう。

キャプテンとは、努力してなるものではない。生まれた時から脂質を持っているものだけがなれるものだ。

若い選手たちには、「ちょっとぐらい痛いからといって練習を休むとか、試合に出場しないとか、それではいけないんだ。苦しまないと優勝はできないんだ」というような話をしている。

日本人は何ごとも急ぎ過ぎる。

何よりも私が言いたかったのは、真の勝者とは謙虚でなければならないということだ。

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