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2014年6月の1件の記事

2014年6月25日 (水)

国家の品格 - 藤原 正彦

藤原 正彦
1943年生まれ。お茶の水女子大学理学部教授。数学者。

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本文より

(帰国後)数年間はアメリカかぶれだったのですが、次第に論理だけでは物事は片付かない、論理的に正しいということはさほどのことでもない、と考えるようになりました。数学者のはしくれである私が、論理の力を疑うようになったのです。そして、「情緒」とか「形」というものの意義を考えるようになりました。・・・現在進行中のグローバル化とは、世界を均質にするものです。日本人はこの世界の趨勢に敢然と闘いを挑むべきだと思います。普通の国となってはいけないのです。

究極の競争社会、実力主義社会はケダモノの社会です。・・・社会は安定性を失う。・・・アメリカの人口あたりの弁護士の数は、日本の20倍です。また、精神カウンセラーの数が50倍とか60倍とか言われております。競争社会を徹底すると、そういう人々を大量に必要とする社会になるということです。

私は「武士道精神こそ世界を救う」と考えていますので、株主主権をやたらに言い立てる人には、「下品」で「卑怯」と言う印象を禁じ得ません。「法に触れないなら何をやってもいい」と、財力にまかせてメディア買収を試みた人がいますが、日本人の過半数が彼を喝采しているのを見て、なんとも絶望的な気分に襲われました

人間の論理や理性には限界があるということです。すなわち、論理を通してみても、それが本質をついているかどうか判定できないということです。・・・アメリカの多くの高校では、国語の単位に変えてタイプの単位をとってもよいことになりました。その結果、思惑通りにタイプは打てるようになりましたが、打つべき英語のほうが崩壊してしまいました

小学校から英語を教えることは、日本を滅ぼす最も確実な方法です。公立小学校でエ英語など教え始めたら、日本から国際人がいなくなります。国際的に通用する人間になるには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現する手段よりも表現する内容を整える方がうっと重要なのです

最近の若い人たちは、内容は何もないのに英語はペラペラしゃべるから、日本人の中身が空っぽであることがすっかりバレてしまいました

論理には出発点が必要です。(この出発点は)常に仮説なのです。そして、この仮説を選ぶのは論理ではなく、主にそれを選ぶ人の情緒なのです。情緒とは、論理以前のその人の総合力と言えます。・・・論理は重要であるけれども、出発点を選ぶということはそれ以上に決定的なのです。

一番困るのは、情緒に欠けて、論理的思考能力はばっちり、というタイプの人です。・・・頭はよいのに出発点Aを選ぶ情緒力の育っていない人というのが、非常に怖いのです。・・・このような情緒力とか、あるいは形というものを身体に刷り込んでいない人が駆使する論理は、ほとんど常に自己正当化に過ぎません

日本やアメリカにおいては、マスコミが第一権力になっているということです

冷徹なる事実を言ってしまうと、「国民は永遠に成熟しない」のです。

真のエリートには二つの条件があります。第一に、文学、哲学、歴史、芸術、科学といった、何の役にも立たないような教養をたっぷりと身につけていること。そうした教養を背景として、庶民とは比較にならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持っていること

武士道は鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準、道徳基準として機能してきました。・・・金銭よりも道徳を上に見るという日本人の精神性の高さの現れです

私は、「卑怯を憎む心」をきちんと育てないといけないと思っています。法律のどこを見たって「卑怯なことはいけない」なんて書いてありません。だからこそ重要なのです

日本が今後五百年間、経済的大繁栄を続けようと、それだけでは世界の誰一人尊敬してくれません。羨望はしても尊敬はしない

金銭至上主義が主流となり、子供たちは「勉強なんかしたって金儲けにつながらない」から、先進国中もっとも勉強せず、もっとも本を読まない、という惨状となりました。

岡潔(1901~1978)という大数学者がいます。・・・フランス留学から帰ってきた直後には、「自分の研究の方向は分かった。そのためには、まずは芭風(芭蕉一派)の俳諧を勉強しなければならない」と、芭蕉の研究に一生懸命に励んだ。数学の独創には情緒が必要と考えたのです。

新聞記者からある時、「先生がおっしゃる情緒というのは何ですか」と訊かれ、岡先生は「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心」と答えられました。・・・数学をやる上で美的感覚は最も重要です。偏差値よりも知能指数よりも、はるかに重要なことです

美しい情緒や形は、人間としてのスケールを大きくする。・・・もののあわれとか美的感受性とか惻隠の情、こういうものがあるかどうかで、その人の総合判断力はまったく違ってくる。人間の器が違ってくるのです。

美の存在しない土地に天才は、特に数学の天才は生まれません。

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