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2013年12月31日 (火)

会津論語 武士の教科書 - 中村彰彦

 会津藩五代藩主松平容頌(かたのぶ)(1744~1805年)がみずからの手で執筆編纂した逸話集「新日館童子訓」を中村彰彦が現代語訳。儒学を深く学んだ教養人であった容頌は、時代が下るにつれて藩士たちの「士道」が廃れてきたのを憂うるあまり、七十五話から成る書をコツコツと書き溜めてきた。会津藩は十歳で日新館に入学したばかりの子弟たちに道徳の教科書としてこれを配布し、武士の子はどうあるべきかを学ばせた。

Rongo

本書より抜粋

はじめに

・・・かねがね私は時とともに深刻化する一方のこのような殺伐たる風潮(親子の殺人など)を、日本人がモラルとプライドを喪失してしまったことに由来するのではないか、と考えてきた。

「身を立てて道を行い、名を後世に揚げ、もって父母を顕すは孝の終わりなり」(『孝経』のことば)
立身出世して有名になり、父母を顕彰せよと言うだけでは世俗的に過ぎる。しかし、大事なのは「道を行い」の部分だろう。儒教では人には人の歩むべき道があると考え、では「人の道」とは何かと思索することから具体的行動の是非を論じる。とすれば、今日のように若くして「人の道」を踏み外し、結果として悪名を揚げる者のみが目立つのは、「人の道」について考えずに生きてきた者があまりに多くなったからだ、といってよいかも知れない。

日新館童子訓 上

幼くして身につけたことは天性のようであり、習慣は自然のようであるともいうことだから、幼年から日用の行事をはじめ、主君、父母、師につかえ朋友と交わるときの心得となることを以下に記しておいた。

・・・

父母の前にて空えずきやおくびをしたり、くしゃみやあくびをしたり、よだれや鼻水を垂らしたり、あるいは横目を使ったり者に寄りかかったりすることは、いずれも甚だ恭しさに欠ける行為であるからなすべきではない。寒くとも手を懐に入れず、暑くとも扇を取らず衣裳の袖から腕を抜いて肌脱ぎになったりせず、身体が痒くとも掻かず、袖はしょりをせず、下着の裏地を見せず、見てきれいではないものを父母の見たもうところへ置くべからず。

・・・

子や嫁にいまだ孝心なく敬意に欠ける時も、恨み怒らず、よく教え諭し、それでも効果がなければ子は追放し、嫁は実家に帰す。その際には、追放・離縁する訳を包み隠して口にすべからず。

・・・

(黒田家の重臣、栗山備後)利安は、平生きわめて倹約をもっぱらとする人であったが、・・・人が必要以上に衣裳を着飾っているのを見ては、「褻晴れ(けはれ)ということがある」と家臣たちに教えた。褻の時(平常)と晴れの衣裳は違うのだから混同するな、という意味である。

・・・

ものやわらかな態度であってこそ父母の心をお慰めすることができる。厳格で正しいだけでは孝子とは言えない。・・・「人を論ずること巧みな者は、おのれを察すること常に疎し」ともいう。自分の不全を改め、至らぬ点を直すよう努めて、人のことはつゆほども譏ってはならない。愚かな者は人の善は語らずして人の非のみをあげつらい、事を好み、甚だしい場合はおのれの才をひけらかすために人の非をいう。まったく恥ずかしいことではないか。

・・・

会津藩では、15歳以上の藩士が刀を抜いた時は相手を仕止めなければ臆病者とされた。無礼を加えられた時に切り捨てなければ武士の一分が立たない、とも言われた。

・・・

(母親が自分を訴えたが、無実であっても弁明しようともしなかった鎌倉時代の武士の言葉)
さればでござります。母たるものがすでにせがれが自分を打ったと申したてました以上、それがしがそれは違いますと申しては母にみだりに人を偽った罪を負わせることになりましょう。そのため、打ったのはそれがしともうしあげたのでござる」

・・・

日新館童子訓 下

家臣としてもっとも大事なのは主君を諫言することである。家臣がよく諌め、上がよく聞く時は君道光輝、国家は安寧なり。諫言は主君の過ちいまだ形にあらわれざるうちに諌止することを上とす。・・・いずれにせよ主君の非を諌めることのできぬ者は忠臣にあらず。

・・・

先生または父母と同等に尊敬すべき人に対しては、年齢などは尋ねてはならない。道で遭った時には自分から脇に寄り、お辞儀すべし。行先など問うべからず。

・・・

藤原敦親(あつちか)はたいへんな博識家であったが、人に物を問われると、「知りません、知りません」としか答えなかった。・・・少納言入道はこれを褒めた。「身に才智ある者は、知らないと答えることを恥じないものだ。実は才がないのに、何につけ物知り顔をする者こそ、知らないことを恥とする。学問をすればすべてのことを知り、解明できることができるなどと思うのは間違いだ

・・・

来客がある際には、奴僕はもちろん犬猫の類に至るまで叱るべからず。

・・・

書を読み武芸を修めるとはいえ良友に交わって勉励し、国家有用の器とならなければ志士とはいえない。年長者、老人など長所、能力のある者を探し求めて会見し、おのれを空しくして心得になることを質問してひろく交わるべし

・・・

人の非を鳴らす者、上役を謗る者、おのれの気性にまかせて人を凌駕しようとする者、先も見えぬのに勝手に決断する者、推察しただけのことをもって知識とみなす者、無礼な行いを勇気と心得る者、人の過ちをあばくことをもって正直とみなす者は、これみな君子の憎むところである。慎むべし

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