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2012年12月の1件の記事

2012年12月30日 (日)

ベッケンバウアー自伝 - フランツ・ベッケンバウアー

フランツ・ベッケンバウアー(Franz Beckenbauer)

1945年ミュンヘン生まれ。
1965年にバイエルン・ミュンヘンとプロ契約。同年初めて西ドイツ代表に選出される。
選手としてバイエルンでチャンピオンズカップ3連覇、1974年西ドイツワールドカップ優勝。ヨーロッパ最優秀選手2回受賞。A代表103試合出場。1977年からニューヨーク・コスモスでペレなどともプレーをする。1983年に引退。
1984年に西ドイツ代表チーム責任者(当時ライセンスを所有していなかったが実質的な監督)に就任。1990年にイタリアワールドカップ優勝。マルセイユでもチームの指揮をとった。
愛称「Kaiser(カイザー)=皇帝」。
ベッケンバウアー自伝は沼尻正之訳により2006年に日本で出版される。オリジナル「ICH__ WIE ES WIRKLICH WAR」は1992年にドイツで出版された。

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「”爆弾が落ちてこない、茶色の革コートを着た男たちにいきなり逮捕されたりしない、食料の配給券がない、地下室で夜を過ごす必要がない、そういう時代に生きている者は貧しいとは言わない”、母はよくそう言ったものだ」

「その時以来(ある試合で負けて2位通過しようとしたとき)私は悟り、いつも肝に銘じるようにしている。サッカーでは、計算や打算には限られた価値しかないということを。勝とうとしないということは、粗悪品を提供するということだ。そんなことをする者は、観客だけでなく、自分自身をも裏切ることになる」

「私はレストランなどに行くと、壁を背中にして座る席を好んで選ぶが、それは自分が見られていると感じるところに座るのがためらわれるからとか、不安を感じるからなどの理由によるのではない。単に私は物事すべてを自分の前において見たいだけなのだ。サッカーにおいてもそうだ

「監督は管理したいだけ管理をすることができるが、選手が欺こうとすれば、いくらでも欺くことができる。・・・そこで気付かねばならないのは、(選手たちは)自分が何を求めるかである」

「バイエルンでの最初の頃、私はよく嘆いていた。”みんながちゃんとボールをトラップできるチームでプレーしたいよ”。・・・あらゆるミスの中で最もひどいのは、軽率さや怠慢、うぬぼれや愚かさから生じるものである。そうしたミスは痛みを与え、怒りをもたらす

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<1974年ワールドカップ決勝、オランダ戦>

「トップチームの監督にとって、最も難しい課題の一つは、選手たちに自信とうぬぼれの違いをきちんとつけさせることである」

「本当に優れた人は、その人が偉大であればあるほど、相手に対して屈従を求めたり、相手は畏敬の念で凝り固まったりすることを望んだりはせず、むしろただ普通に会話することを望んでいる」

同情、それはサッカー選手が最も必要としてはいけないものなのである
(自分のオウンゴールが電光掲示板に公開されず、引退を決意した時)

「いろいろな種類のサッカーがある。その中で最も愚かなのは、できもしないことをしようとする、そんなサッカーである」

「カメラの位置が悪いな、そう思わない?」
(相手チームにPKを与えた主審に対して自分が反論しているシーンを見せられて)

私たちは医学と自分たちの経験を信じており、トレーニングは軍隊の訓練のようなものになってはならないと考えていた

「成功するためには、経験が必要となるが、そのために一番役に立つのが、現役時代に選手として経験したことである」

「代表のキーパーがボールを拾いに走ったりしちゃいけない」
(神経質になっていたGKに対するアドバイス)

「慎重であることと臆病であることとの間、体をいたわることと積極性を欠くこととの間で、ちょうどバランスのとれた場所を見つけることは、なかなか難しい」

大げさに痛がって見せたり、審判を欺いたりすることが、彼ら(イギリス人)にとってはサッカー選手として恥ずべきことだと考えられている

Kaiser
<1970年W杯、脱臼してもプレーするカイザー>

「やれやれ。私たちはやるだけのことはやりました。あとは私たちにツキがあるかどうかですね」
(1990年イタリアワールドカップのイングランド戦で延長に入る前、イングランドのボビー・ロブソンに言った言葉)

「私が選手たちにいつも言っていたのは、”君たちは~できる”ということであって、”君たちは~せねばならない”と言ったことは一度もない

「本当に優れた選手なら、準決勝で二枚目のイエローカードや、レッドカードなどを貰うはずがないのである」

「監督、四週間前どこに行ってたって言ってましたっけ?」
(事前にイスラエルをチェックしに行き、イスラエルはオフサイドトラップを使わないと試合前に明言したが、実際にはオフサイドトラップに引っ掛かりまくってしまったときのハーフタイムのブレーメの言葉)

「サッカー選手に限らず、一般に成功を収めた人物は、たいていの場合、際限ない欲望を追求するという危険に陥ってしまいがちである。もっとたくさん、もっと多くのものを、もっともっと。できるだけ多くの金をかせぎたい、できるだけ多くの楽しみを味わいたい、そんなふうになっていくものである。私はしばしば(旧ソ連代表のGKで親友の)ヤシンのことを思い出し、自分に問うてみる。それはおまえにとって本当に必要なものか、本当に価値のあるものかと

Franz

自分にまだ足りないのは優れた知恵だということだった。・・・大衆作家であるジェリー・コットンやフレッド・アンガーから、老子、孔子へ、その道のりは長かった。今私は、ここまでたどり着けたことを幸せだと思っている」
(儒教や道教などの哲学や思想の本を読み学んだ)

「(サッカーは)痛みを感じることはあってかまわないし、むしろなければならないとさえ言えるのである。痛みを伴わないスポーツなど、パントマイムみたいなものだ

「サッカーが教育的な働きを持つべきだと考えるならば、痛みを乗り越え、そうした特殊な状況を克服することも、その一環として非常に重要である。痛みを感じた瞬間にまず生じるのは怒りであり、人は自らの手ですぐさま仕返しをしようとするものだ。それを思いとdまれるようになることこそ、サッカーをする若者たちが、まず学ばねばならないことなのである。・・・ファウルのないサッカー、そんなものはあり得ないのである

「私にはそうしたこと得点したあと一人でパフォーマンスして目立つこと)が、チームメイトから称賛を浴びることや、チームみんなで喜び合うことよりも重要だと思えない

「スタジアムに着いたときには、もう監督の仕事の大半は終わっている・・・試合開始のホイッスルが鳴った後の監督というのは、ほとんど観客と同じようなものなのだ

「私たち(ドイツ人)はサッカーを職人芸のようなものとして身につけていくので、そこからは優れた工芸品はできても、芸術作品ができることは希なのである

「怠け癖と思い上がりは、才能の異母兄弟のようなものだ」

「ゴールは真ん中に立っている」
(中央からの攻撃ばかりにこだわって、サイドからの攻撃をおろそかにしているという批判に対して)

「サッカーをするにあたって、メンタリティーの面で、日本人には大きなハンディキャップがある。彼らが礼儀正しい国民であることはよく知られているが、それは表面的なものではなく、彼らの心の中で血肉化しているものなのである。しかしこの礼儀正しさというものは、サッカーにおいては致命的な要素になりかねない

「13歳の頃対戦した1860ミュンヘンの選手から平手打ちをくらったことで、このチームに入ろうと思っていた彼の気持ちは変わり、バイエルンに入ることを決意する」

チームスポーツというのは、他人に対する寛容さを学ぶための学校のようなものである。・・・マンハッタンを散歩すると、民族学博物館を訪れているかのような気になることがあった。そこに住む、あらゆる肌の色の、あらゆる人種の人たちとの出会いを通して、私は、多様な人たちが共存することの重要性を学んだ」

「サッカー選手に求められること―――真面目にかつ熱心に仕事に取り組むこと、そして他者に対して敬意を示すこと―――に関して、いいお手本を示すことができれば、それで十分なのだ」

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