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2012年6月 4日 (月)

行動学入門 - 三島由紀夫

雑誌に連載されていた3つのエッセイがまとめられて1974年に発行された本。「行動学入門」は若い男性読者のために、「おわりの美学」は若い女性読者のために、わかりやすさを主眼にしているが、「おわりの美学」は明らかに半分ふざけている、と三島由紀夫本人があとがきで書いている。

Koudougaku

I 行動学入門

「目的のない行動はあり得ないから、目的のない思考、あるいは目的のない感覚に生きている人たちは行動というものを忌みきらい、これをおそれて身をよける

「力を増せば増すほど、自分の直接的な肉体的な力からは遠ざけられてしまう。そして最後の最後には、脂肪太りの腹の突き出た将軍になって、安楽椅子に埋もれて工業用テレビを見ながら作戦全体の指揮をとるようになるのであろう」

「わからないということが、人々を魅了することが行動の心理の大半であり、また、わからないということが人々に与える不安が、行動の不安の大半である。
したがって、われわれの言う行動の心理においては、プラスの力とマイナスの力がほとんど同じに引き合っていると言える。そのとき、われわれはプラス・マイナス、イコールゼロという、全くむだなことを考えて生きているのである」

「最後のとどめの一撃が猪の急所に当ることが狩人の誉れであり、目標である。そのためにこそ待機がいるのである。われわれは一発勝負のために待機の時間を長くする。・・・いわば待機は一点の凝縮へ向かって、時間を煮詰めていくようなものである

「その全身をかけに賭けた瞬間のためには、機が熟し、行動と意志とが最高度にまで煮つめられなければならない・そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である

「ことばでもって自分を鼓舞することは常に危険である。・・・長い待機の時間はことばではないのである。行動とことばとの乖離が行動を失敗させるように、ただことばや観念で待機に耐えようとする人間は必ず失敗する。坐禅がその間の消失をよく説明しているが、面壁して何時間でも坐っていなければならぬという、あの精神状態には、生き、動こうとする人間の行動を徹底的に押しつぶして、そこに人生の真理に到達する精神的なバネを、たわみ込んでいくという発明がみられる。行動がことばでないと同様に、待機もことばではない。それはただ濃密な平坦な、人生で最も苦しい時間なのである

「われわれは行動しているときには勇気を持つことができるが、そのような受け身の状況で勇気を持つことはむずかしい。しかし、あの(ベトナムの)死と不安の闇の中で待ち続ける勇気こそ、行動にとって最も本質的な勇気なのである」

「計画には盲点があり、人間の心には盲点がある。この盲点に向かって挑むことが行動と計画とのギリギリの接点であり、またその面白さであるといえるのであろう」

「いかに仕立のよい背広を着、いかにカッコよく、いかにスマートに見えても、その行動様式自体が醜いときに、われわれはそれを醜いと言うのである。行動様式は内面的なものを多く含むから、美は形だけではなく、内面的なものによって左右されることがよくわかるのである」

「芸能の本質は、”決定的なことが繰り返され得る”ということろにある。だからそれはウソなのである。・・・『葉隠』の著者が芸能を蔑んだのは多分このためであり、武士があらゆる芸能を蔑みながら、能楽だけをみとめたのは、能楽が一回の公演を原則として、そこへこめられる精力が、それだけ実際の行動に近い一回性に基づいている、というところにあろう」

「数が増すほど行動のヴォルテージが下がり、数が減るほど行動のヴォルテージが上がって、例えばテロ化する」

「会社の社長室で一日に百二十本も電話をかけながら、ほかの商社と競争している男がどうして行動的であろうか?後進国へ行って後進国の住民たちをだまし歩き、会社の収益を上げてほめられる男がどうして行動的であろうか?現代、行動的と言われる人間には、たいていそのような族社会のかすがついている

II おわりの美学

「学生が人生に無知であって、考えが浅薄で、いい気なもので、甘い理想家で、虚勢ばっかり張っていて、そのくせ自信がなくて、・・・・・・という点では、今の学生も昔の学生も、少しも変わりがないという気がします」

「学校というところは、中途半端な考え方をする口うるさいヒヨッコどもの檻である」

「本当の卒業とは、”学生時代の私は頭がヘンだったんだ”と気がつくことです」

「成功者とは、年齢に応じて力のすりかえを巧くやり、要するに十八歳から八十歳まで、その時その年齢に応じた最高の力を発揮した男のことです」

「美女は一生に二度死ななければならない。美貌の死と肉体の死と」

「”あやまったから、さっぱりしろ”という要求が通るのは、男の世界だけの話であって、女にそんなことを要求するのは、”オイ、男らしくしろ”というようなもの」

「”いやなことは早くおわらせたいが、いつかおわるのを待つほかはない”という日本式人生観は梅雨のおかげで育まれたものではないでしょうか

III 革命哲学としての陽明学

「戦後民主主義が立脚している人命尊重のヒューマニズムは、ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのである

「(聖人との)同一化とは、自分の中の空虚を巨人の中の空虚と同一視することであり、自分の得たニヒリズムをもっと巨大なニヒリズムと同一化することである」

「一方では宦官の中傷讒謗によって人間社会の醜悪な裏面に度々傷つけられつつ、自分の思想にますます磨きをかけて、真理は自分の中にあり”という神秘的な体験に到達したことが陽明学の起こりであった。この逆境の中に思想を完成する伝統はいままで述べたように脈々として西郷隆盛に至るまで通じている」

「いまや自民党も共産党も同じような次元の議会主義政党に堕し、共に政治目標実現の最終的な不可能を知りながら、目前の事態の処理によって大衆社会をどちらがより多く味方に引きつけるか、という術策に憂き身をやつすようになった

工業化の果てにおける精神的空白は再びまた工業化によって埋められ精神の飢えが再び飽満した食欲によって満たされることになった。・・・人の心は死、魂の死を恐れないようになったのである」

あとがき

「まじめで良心的なのも思想だが、不まじめで良心的という思想もあれば、又、一番たちのわるいのに、まじめで非良心的という思想もある。私はこの第三の思想だけは陥りたくないと、日頃自戒している者である。
 この本は、私の著書の中でも、軽く書かれたものに属する。いわゆる重評論ではない。しかしこういう軽い形で自分の考えを語って、人は案外本音に達していることが多いものだ。注意深い読者は、これらの中に、(私の小説よりもより直接に)、私自身の体験や吐息や胸中の悶々の情や告白や予言をきいてくれるであろう。いつか又時を経て、”あいつはあんな形で、こういうことを言いたかったんだな”という、暗喩をさとってくれるかもしれない」

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