« 逆に、アレンを来襲 | トップページ | 葉隠入門 - 三島由紀夫 »

2012年2月15日 (水)

葉隠 - 山本常朝

山本常朝(やまもとじょうちょう)

徳川家綱時代、1659年佐賀に生まれる。佐賀藩鍋島家に仕えた武士。42歳に出家する以前の名前の読み方は「やまもとつねとも」。
武士の心得などについて語ったことを田代陣基が6年かけて書き取り、1716年に全11巻からなる「葉隠(はがくれ)」としてまとめられる。「武士道と云うは死ぬここと見付けたり」という有名なフレーズから表面的に死の哲学と思われがちだが、コラムのようにさまざまなテーマに関する話や逸話が膨大にあり、生活や仕事、政治などいろいろなことに通じる書。海外でも広く読まれている。

Img_0667

「鍋島藩の御家来であるからには、まず、わが藩の歴史や伝統について知る必要があろう。このごろはわが藩の歴史や伝統を学ぶことが欠けているようである。・・・多くの武士たちが、自分の職務に興味を示さないで他人の仕事の方に関心を示し、勘違いをしてさんざんに間違いをしでかしている。
・・・小利口な連中が世間のことも知らないで、いかにも知恵ありげに振舞って目新しいことを考え出し、殿のお気に入り、でしゃばって何もかも悪くしてしまうのである

「すべて修行というものは、俺以上の者はないと思い上がるほどでなければ役に立たないものだ

「武士道とは死ぬことと見つけたり。・・・毎朝毎夕、心を正しては、死を思い死を決し、いつも死に身になっているときは、武士道とわが身は一つになり、一生失敗を犯すことなく職務を遂行することができるのだ。・・・誰もが死ぬと知ってはいるが、ほとんどの人間が死んでしまった最後に自分が死ぬように思って、それが今にもやってくると考えていないのである。・・・その日その日を最後と思い定めて、念を入れ、主君のおためと思い、ただお役目大切に心がけておれば間違いはない」

「身なりについて格別な心づかいをするということは、いかにも外見を飾るようであるが、これは何も数寄物を気取っているのではない。今日は討死か今日は討死かと、いつ死んでもよい覚悟を決め、もしぶざまな身なりで討死するようなことがあれば、平素からの覚悟の程が疑われ、敵からも軽蔑され、卑しめられるので、老人も若者も身だしなみをよくしたものだ」

今という時が、いざという時である。いざという時は、今である。その今と、いざという時とを二つに分けて考えているから、いざという時の間に合わない。・・・畳の上にいても武勇の働きができるものでなくては、戦場へ送り出すことができぬ」

「古人の言葉に『七息思案(しちそくしあん)』ということがある。隆信公は『よい思案も、長くかかっては腐ってしまう』と言われた。直茂公は『何事につけても、手間がかかって遅いのは、十のうち七つはよくないことだ。武士は何事も手っ取り早くするものだ』と言われたそうだ」

大雨の際の戒めということがある。途中でにわか雨にあって、濡れまいとして道を急いで走り、軒下などを伝って歩いても、濡れることに変わりはない。はじめから覚悟を決めて濡れたときは、不愉快な思いはしない。いずれにせよ濡れるのだ

物知りと言われる人々の道を知らぬことは、東へ行くはずの者が西へ行くようなものである。物を知れば知るほど道から遠ざかってしまう。そのわけは、昔の聖賢の言葉や行いを書物で見て覚えたり、人の話で聞いて覚えたりして、いかにも見識を高くして、自分も聖賢と同じになったようなつもりになり、一般の人を虫けらのように見下すからである。そもそもこれが道を知らぬということである」

「たのもしいというのは、万事調子よくいっているときは来ないで、人が落ち目になって難儀をしているようなときに、こっそりやってきて頼りになるのがたのもしいというのだ。そうした心の持ち主は、きっと剛の者である」

「すべて芸能の修行は、武道の奉公のためにしようと心に決めてするならば役に立ってよいものだ。しかしたいていの場合、武芸そのものが好きになってしまう。学問などというものはとりわけその危険がある」

「少し魂の入ったものがあるかと思うと、利欲を離れようとして奉公をする気が消極的で、世捨人のように『徒然草』や『撰集抄』などを読みふけっている。兼好や西行などという人は、腰抜けの臆病者だ。武士としての働きができないから、間抜けたふうをして見せているのだ。・・・卑しくも侍ならば、名誉や利益の争いのまっただなかは言うにおよばず、地獄のまっただなかでも恐れず飛び込んで、主君のお役に立たなければなるまい」

「気が強くて頭の働きの鋭い主君に対しては、自分の存在が主君の気になるように仕向け、『このことをあの者が聞いたらなんと考えるだろうか』と思われるようになることが大切な忠義というものである。こうした人間が一人もいないときには、主君は御家中の者を軽視され、どれもこれも腰抜けどもだと思われ、高慢な心にもなる」

智とは、人と相談するだけのことである。これが計り知れない智なのだ。仁は、人のためになることをすればよい。自分と他人を比較して、いつも他人がよいと思うようにしてやりさえすればそれですむ。勇は、歯をくいしばることだ。前後のことを考えないで、ただ歯をくいしばって突き進んでゆくまでのことである」

「人に親切をつくすのは、自分がやったことだと相手に知られないようにし、主君へは他人の眼にそれとわからないような奉公をするのが本物である。・・・仇を恩で返し、つねに陰徳を心がけて、陽報に心を奪われないようにすることだ」

「金銀は人から借りることもできる。しかし人材はすぐには得られないものだ」

「『その方は、頭のよさがすべて外に表れて、奥ゆかしいところがない。少し鈍になって、十のものを三つか四つくらい内に隠しておくことはできまいか』と言ってやったところ『それはできません』と申していた。・・・知恵や頭の鋭さほど、鼻持ちならぬものはない。第一に人が信用せず、心を許した交際ができないものだ。・・・知恵のある人間は、真実の行いも、真実でない行いも、知恵で組み立てるから、すべて理屈をつけて通用すると思っている。これが知恵の害になるところだ。何事も真実でなければ値打ちがない」

「勝茂公はいつも『奉公人には四つの型があるものである。それは急だらり・だらり急・急々・だらりだらりの四つである。”急々”は、用事を言いつけたときもよく承知して、物事をよくすませる者である。”だらり急”は、用事を言いつけたときには気が利かないが、しかし物事を手早くすませ、上手に始末するものである。”急だらり”は、呑み込みは早いが、さて用事を果たすとなると、時間がかかってのびのびとなってしまうものである。これはかなり多い型だ。それ以外のものは、すべて”だらりだらり”と言ってよかろう』と仰せられたということである」

聖君とか賢君とか呼ばれる立派な君主は、よく諫言を聞き入れられるというだけのことである。そうすれば、家中の者たちは一生懸命になって、何かよいことを申し上げてお役に立たなければならないと思うようになるので、お家が安泰になるのである」

「世の中には教訓をする人は多い。しかし、その教訓を喜んで聞く人は少ない。まして、そうした教訓に従う人はさらに少ない。間三十歳を超えると教訓をしてくれる人もなくなる。教訓の道がふさがって自分勝手になるので、一生涯非を重ね、愚を増して、けっきょくつまらぬ人間で終わるのだ

「はじめからその地位にあった人よりも、下から上がってきた人のほうに対して、その徳を尊び、さらに崇敬するのが当然である

水があまりに澄んでいるところには魚が住まないという諺がある。・・・少々くらいのことは見のがしたり、聞きのがしたりして咎めない方が、下々の者は安らかに暮らしてゆけるのである。人の品行なども、この心得がなければなるまい」

「『義経百首軍歌』のなかに『大将は、人に言葉をよくかけよ』というのがある」

「少し知っていることには、物知り顔をするものだ。未熟なことである。しかし十分に知っていることに、素振りにも見せないのは、いかにも奥ゆかしいものだ」

「武士のこどもには一般と違った育て方があるものだ。まず、幼いときから勇気をつけ、かりそめにも、おどしたり、だましたりすることがあってはならない。たとえ幼少のときでも、臆病な気持ちがあれば、それは一生のキズになる。・・・また、幼いときに強く叱ると内気な性質になってしまう。・・・仲の悪い夫婦の間に育った子供は不孝者になるというが、当然のことだ。鳥や獣でさえ、生れ落ちてからいつも見たり聞いたりすることで、その性質が決まってくるのだ。・・・とかく母親というものはただむやみに子供を可愛がって、父親が意見をすると、子供のひいきをし、いつも子供の側についてしまうので、子供と父親は不和になってゆくのである」

「大災難・大変事に出会ってもまごつかないというのでは、まだ十分ではない。大変事に出会ったときには喜び勇んで進んでゆくべきである。これが一つの関門を通り抜けた境地だ。『水が増してくると、船もそれだけ高くなる』というようなものである」

分からないことのなかには、分かるようにしてあるものもあり、また自然と分かることもあり、どうしても分からないこともある。それがおもしろいことだ」

「幸せなときは、自慢と奢りに気をつけなければならない。・・・よいときにはずむ者は、調子が悪くなるとすぐにへこたれてしまう

「ある剣の達人が老後に次のようなことを申されたそうである。『人間一生のあいだの修行には順序というものがある。下の位は、修行してもものにならず、自分でも下手と思い、他人も下手と思う。これではものの役には立たない。中の位は、まだ役には立たないが、自分の不十分さがよく分かり、他人の不十分なところも分かるものである。上の位は、すべてを会得して自慢の心も出て、人が褒めるのを喜び、他人の十分でないところを嘆くという段階である。ここまでくれば役に立つ。その上の上々の位になると、知らぬ顔をしている。しかし、他人も上手だということをよく知っている。だいたいはこの段階までである。
この上をさらに一段とび越すと、普段では行けない境地がある。その道に深く分け入ると、最後にはどこまで行っても終わりはないということが分かるので、これでよいなどと思うことができなくなる。自分は不十分だということを深く考えていて、一生これで十分だと思うこともなく、また自慢の心も起こさず、卑下する心もなく進んでゆく道である。
柳生殿は”人に勝つ道は知らず、われに勝つ道を知りたり”と申されたそうである。今日は昨日より腕があがり、明日は今日より腕があがるというふうに、一生かかって日々に仕上げるのが道というもので、これも終わりがないのである』」

|

« 逆に、アレンを来襲 | トップページ | 葉隠入門 - 三島由紀夫 »

Hobbies (本、映画、音楽、名言など)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/19235/44471428

この記事へのトラックバック一覧です: 葉隠 - 山本常朝:

« 逆に、アレンを来襲 | トップページ | 葉隠入門 - 三島由紀夫 »