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2011年9月の1件の記事

2011年9月14日 (水)

無敗の法則 - ヒクソン・グレイシー

Rickson Gracie (ヒクソン・グレイシー)

1959年11月21日生まれ、ブラジル出身。柔術家。グレイシー柔術の創始者エリオ・グレイシーの三男。400戦無敗というキャッチフレーズで来日し、高田延彦や船木誠勝に一本勝ち。グレイシー柔術の名を世界中に広める。

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プロローグ

「ロサンゼルスというところは、『仕事は何?』と『家はどこ?』ということばかりに関心が集まる街で、その答えを聞いた瞬間、相手をふるいにかける。・・・どんな車に乗っているか、どんな時計をしているか、見た目ばかりが注目された。そして、私はとうとうそれが嫌になったのだ」
(20年間のアメリカ生活を終えブラジルに戻った時)

「昔からこの国の人間は、規律を守ったり人に敬意を示したりすることが苦手なのだ。今もそれは変わらない。基本的には一歩家を出れば自分だけが頼りなのだ。何が起こるかわからない。・・・だから何をするにも、自分の力だけが頼りだ。・・・それでもやはり、面白い国だと私は思う。・・・何かを人のせいにしたり、失敗を悔やんで時間を無駄にしたりする人はいないのだ」(母国ブラジルについて)

「教育を受けたのは小学校三年生までだ。しかし、そこで学ぶことをやめたわけではなかった。学校へ行かなくなってからも、別のやり方で学び続けた。自分の人生を切り開くために必要だと思うことを、別のやり方で自ら進んで学び続けたのだ」

「『試合に勝ちたければ、まずは負けないことだ』と教えてくれたほどだ。父の教えはすべてこの考え方が基本にあり、そして私は負けない男になった。しかしそれは私の目指す道程の半分にすぎない」


<ヒクソンのトレーニング>

第一章

「たとえば、素晴しい本を読むとする。すると何かが心に触れ、読み終わるとすぐ、本から学んだことを実践するようになり、やがてそれが自分の一部になる。ところが、同じ本を何度も読んでいるにもかかわらず、何の変化もないという人もいる。・・・一冊の本からどれだけ大きな影響を受けるか、また、どれだけ人に差をつけるかは、『本人』次第ということだ」

「私は、体が大きく強そうに見える男が、プレッシャーに耐えきれずに、臆病者のようにおどおどした試合をするところを何度も見てきた。一方で、痩せているのに蛇のように粘り強い男たちもいる。試合前に握手をして目を見るだけでいろいろなことが分かる。負けても結果を認めて受け入れるのか、負けた言い訳を始めるのか、ということまで」

「道を踏み外してはいけない。勇敢であること。潔いこと。だとすると、私が自然に身につけていたのは、まさに武士道そのものだったのだ。それは学校の授業で学ぶことなどできなかった」

「前評判でいくら有利だと言われていても、試合の前に、対戦相手に手を触れながら『強いほうが勝つ』と告げた」

「全力を出し切るためには、警戒を怠らないでいるしかない。そのために重要だったのが、相手を尊敬することだ。そして感覚を研ぎ澄ましていることだ」

「訪ねてくるたびに、お金やアドバイスや、何かしら要求してくる人を、友達とは呼ばない。それは、ただ自分の支えが必要な相手でしかない。・・・友達とは、面と向かって何でも言ってくれる相手のことだ」

「いったんロッカールームに入れば、すべての恐れが消えた。やれることは全部やった。どんな小さなこともひとつ残らずやり遂げた。できる限りの犠牲を払ったのだと感じられるところまでやれば、たとえその日に死んだとしても私は感謝しただろう」

「必要なことを学んだ後でさえ不安だというなら、それは弱虫だ。そこまで弱い人間に、もはや解決方法はない」

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<ヒクソンの父エリオ・グレイシー>

第二章:正しい心のあり方を探す

「それまで私が日本に抱いていたイメージは、武士道、サムライ、強さ、礼儀、そして無敵の男が持つ一部の隙もない精神力、そんなものばかりだった。ところが日本に来た私は失望した。確かに深い尊敬の心を感じたが、それは強さや精神力ではなく、むしろ弱さから生まれるものだったからだ」

「息子を失う日までは、必ず明日が来ると思っていた。突然やってきた胸の張り裂けるような別れによって思い知ったのは、その日のうちに問題を解決するのがどれほど大切かということだ

「かつて宮本武蔵は『他人のことが分からない人には自分のこともわからない』と言った。その考えに私も賛成だ」

「厳しいトレーニングを積み重ね、自分の技術のすべてを使い、それでも疲れてしまったのなら、相手も同じぐらい疲れているはずだし、自分と同じぐらいばてているはずだ。相手の力は自分と同じペースで失われていく。どんなに形勢に不利に思えたとしても、試合開始の時と同じチャンスが常にある、ということを知ったのだ」

「自分の人生を他の人の手にゆだね、人の行動で自分の状態が左右されるままにしておくのは、弱い人のすることだ」

「しきたりという名の哲学を守ろうとして、そのしきたりに疑問を抱くことも、それを破ることもない。現代の人々は、新しい時代を味わおうとしておらず、ただ『安全な』型を守っているだけだ。学校、組織、伝統、習慣が生み出した型のとおりに行動しているうちに、感覚を失い、すっかり活気をなくしてしまった。・・・私は日本が大好きだ。少なくとも文化についてはそう言いきれる。しかし少し残念に思うのは、人がシャボン玉の中で暮らしているような気がすることだ。尊敬の念が感じられても、それは他人の人生を邪魔したくないと怖がっているからだったり、他人の意見を聞きたくないからだったりする」

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<試合前はグレイシートレインで入場>

第三章:すべて柔術が教えてくれる

「すべてを手にしていたかつての私より、何も持っていない今の私のほうが幸せなのだ」

「親や先生や年上の人の教えを疑わずに信じるのか、経験を重ねながら自分で正しい道を見つけるのか。どちらかに極端に傾いてはいけないが、正直に言うと、私は人から教えられたことを鵜呑みにするべきではないと思う」

「私が教えた人はたいてい、柔術への情熱をさらに高めて、私にいっそうの敬意を表してくれる。そして、自分の道場で私の柔術を広めてくれる」

「勝つことを優先したことはない。何よりも大事なのは、生き残ることだ」

「人から失礼なことをされたら、黙っていてはいけない。何もできないのは弱虫だ。・・・トラブルの元があるなら、大きくなる前に効率よく摘んでおくほうがいいということを」

「そのままでいれば安心かもしれないが、あえて厳しい未知の世界に飛び込めば、自分がどのような人間なのかを知ることができる」

「私には、手本になる人や、『邪魔だ、どけ』と威圧するやつや、方向性を与えてくれる人間が必要だった。だから自分に、片手だけで闘う、手を使わずに試合をする、足だけで練習するといった試練を課すようになった」

自分がやったことは、何もかも自分が選んだことで、すべて自分の責任だ。生きるとはそういうことだ。しかし、もし自分が間違った方向へ進んでいると感じたら、その選択を変更するだけだ」



第四章:成長し続けるために本気になる

「軍人、消防士、ビジネスマン、プロデューサー、俳優など、どんな職業の人でも、自分ひとりでやっておくべきことがある」

「信念を貫こうという人は、ますます少なくなっているのだ。・・・現代の人間が、シャボン玉の中で生きているからだとしか思えない。パソコンや電話や、新しい便利な機械に頼りすぎて、人と直接関わることが減ってきた」

「自分の夢については何よりもまず自分のことを考えるが、人が持っているものを手に入れようとするときに、自分のことだけを考えるわけにはいかないのだ」

「私は試合に出るときは必ず、恐れを捨て、期待を捨て、心配を捨てて、感じるままに感じようとした]

敵に向かい合うとき、私は自分をライオンに見立てている。ライオンは、人を見るときに感情を込めたりしない。その人を殺すこともできるし、横目で見て通り過ぎることもできる。・・・そんなライオンの無の状態、いつでも優位に立てる状況は、私が敵を前にしたときの感じに似ている」

「失敗する人はこんなことを言うだろう『フックをかけるべきだった』とか、『しまった。あれは自分のミスだった、あの時下がってしまったから・・・』とか、どこか一つだけ失敗があったと思っている。・・・ところが次の試合では、また別のことで驚いて、『あっ、しまった!』と言うのだ」

「何をするときも、さっそうとやること。手作業だろうと、一日中パソコンで何か書く仕事だろうと、どんな仕事でも同じだ、歩く時も、正しい姿勢で、個々の動作をおろそかにしないで、ちゃんと歩く。何となく歩くのではだめだ。歩き方を見ただけで、負け犬だと簡単にわかってしまう

第五章:今、私は何をするべきか

「クロン(息子)が負けることはほとんどないし、負けても彼が悪いわけではない。若くて経験が足りない。そして、どうしても勝ちたいという激しさが足りないだけだ。基本を守ってベストを尽くしているのはよく分かるが、それを超える何かが必要なのだ」

「いつも私は自然のさまざまな要素を直接肌で感じていたい。だから特に嵐のときには、自然が引き起こす現象のすべてを感じるために、外に出る」

「金についての考え方をすっかり変えた私は、快適に暮らせる範囲で質素な生活を送っている。私のうぬぼれ心が、『おい、お前はヒクソン・グレイシーだぞ。でかいベンツに乗るはずじゃないのか』と言っても、『うるさい、黙れ』と答えるだろう。人がイメージする自分を演じていれば、人々の期待には応えられるかもしれない。しかしそれは本当の私ではない。ところが驚いたことに、自分ではなく他人に合わせて人の期待通りの生き方をしている人がなんと多いことか

第六章:そして人生はつづいていく

「重要なのは、後を追いかけるのではなく、主導権を握れる人間になることだ」

「困難を乗り越える自信がないから挑戦することを極端に恐れ、安全な範囲から出ようとせず、ストレスの少ない生活を守ろうとする。・・・何もしなければ弱い立場はずっと変わらない」

「ネズミは、最高に守りが堅い。攻撃する力はなくても、我慢強さでは一番だ。・・・人間がいなくなるまで絶対に出てこない。・・・一方、獲物を捕らえる能力が抜群のライオンはどうだろう。・・・冷静に待つべきだと知っている。獲物に近づき、とどめをさすことのできるベストな一瞬を待つ。つまりライオンもまた我慢強い。しかしネズミとは違いライオンの我慢強さは、攻撃のためのものだ。ネズミの我慢強さは生き残るため、身を守るためだ。人生の中でも、守りに入ったときと、攻撃に出るときのどちらの場合にも、この我慢強さが必要になる

「結局、差があるのは自分のせいではないのだ。キリンは狼の首が短いからといって悲しんだりはしない。キリンと狼はもともと違う」

「クロン(息子)が幼い頃、試合の前に私は繰り返しこう言った。『もし試合に勝ったら、ご褒美を一つあげよう。負けたら、二つあげるよ』・・・クロンが負けたからといって、私ががっかりしたり、彼に関心をなくしたりすることはない」

「子供本人よりも、自分たちの野心やエゴを優先する親もいる。たとえば子供にサッカーの才能があるとしよう。他のチームと試合をするたびに、次々と点を入れ、『うちの子はすごい!』と親は喜ぶ。しかしある日、我が子のミスが原因でチームが負ける。すると親は、『あんなミスをするなんて。何やってるんだ!』と怒る。すると子供は『あーあ、パパをがっかりさせちゃった。パパの期待も、学校の期待も、みんなの期待も裏切っちゃった』と考えて、最後には『もういやだ。サッカーをやめたい』と言うだろう。・・・サッカーを通して子供を成長させたいなら、腹を立てずに『ベストを尽くせよ』と言い、たとえミスをしても『がんばったな』と言うべきだ。・・・子どもの能力を伸ばすことを二の次にして、親の経験を押しつけているのかもしれない。それで子供の将来性がつぶれてしまうことも多いのだ。・・・父は決して結果にこだわらず、私のしたことを認めてくれた。どんな結果が出ても励ましてくれた。・・・だから私はいつも楽しい気分でいられた

「勝利とは心のあり方だ。本物のチャンピオンなら、そして、本当に自分を信じているなら、どんなに多くの困難が待ち受けていようとも、何度倒れても、必ず立ち上がってもう一度挑戦するだろう。それが常に覇者を目指すものの精神であり、その精神を鍛えられるのは自分しかいない」

「格闘技界全体で同じ動きが進み、今では誰もが同じような闘い方をしている。スタイルの違う格闘技の要素や技術がこうして混じり合った結果、何よりも重要な要素は、やはりファイター自身になったのだ

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