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2011年5月26日 (木)

祖母力(うばぢから) - 祖母井 秀隆

2008年に出版された祖母井さんの本「祖母力(うばちから)」。昔グルノーブルを訪れた時お世話になり、グランド内外において見習うべきことが多い人の一人。

祖母井 秀隆(うばがい ひでたか)

1951年、兵庫県神戸市生まれ。報徳学園から大阪体育大学に進み、在学中に読売クラブの練習に参加。卒業後ドイツに渡り、サッカーをしながらケルン体育大学でコーチング学を学ぶ。
10年間のドイツ生活で経験を積み人脈を広げ、帰国後は大阪体育大学で学生を指導。95年にジェフの育成部長、99年にGMとなりオシムを監督として召集。2007年にはフランスのグルノーブル・フット38のGMに就任。現京都サンガFCのGM。

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プロローグ:

「GMとは英語のGeneral Managerですが、GMは僕自身なのです、と自己紹介などでは説明しています。少し生意気に聞こえるかもしれませんが、GMの本質とはGrand Mother、すなわち祖母(=乳母 うば)だと僕は考えるからです。しかし、単に僕の姓とGMをひっかけただけの言葉遊びではありません。僕のサッカー人生を通じて、祖母的な存在がいかに組織に必要であるか、を強く自覚したからなのです」

「僕はサッカーから多くのことを学びました。その中の一つに、人は一人では生きていけない、というものがあります。しかし、現代の日本ではコミュニケーションのツールが進化すればするほど、人が孤独を深めていくように見えて仕方ありません。・・・僕にはそれら社会問題が倫理なき経済至上主義の所産に思えてならないのです。ヒューマニズムは忘れられ、エゴイズムが幅を利かす世の中」

「目的追求の中で組織は非人間的な営みが横行しがちです。だからこそ、そこには”おばあちゃん”がスタンドプレーをせず、筋を通す気骨を持ち、それでいて温かい目線を持った存在が必要なのです」

第1章:オシム招聘の真実

「自分が思い込まないと、人は動かない」

第2章:”太陽の人”の素顔

「03年シーズン、オシムは支配下選手32人中31人を試合で使ったのです」

「日本の社会では自分で判断して行動に責任を持つ意識が低く、この姿勢が少なからずサッカーに負の影響を与えていると、オシムは考えていたように思います」

「何もトライしていないのに、『できません』はありえないことだ、それがオシムの口癖です」

「お金を担保とした契約書など、彼(オシム)にはまったく通用しないのです。・・・彼が信用するのは、自分の眼で見て、頭で判断したもの以外にはなかったのです」

(オシムの口から選手を誉める言葉をあまり聞いたことがありません)
オシム:
「私が素晴しい選手だというと、翌日にはもうその選手の値段がつりあがってしまうから」

「汚れた洗濯物は家で洗え」
(ケルン体育大学のマスコミ対策の授業で教わった鉄則。監督自身の責任回避のためにマスコミなどに選手の名前を挙げるようなことはせず、選手本人と直接やり取りを行い改善を促す)

「オシムは日頃からドイツ語やフランス語の雑誌にもよく目を通していました。サッカーに限らず、考えることはまさにオシムの生き方そのものなのです。ですから、当時パチンコばかりしていた若手の有望選手のことをぼやくのです」

オシム:
「残念だ。時間があれば本を読むとか、語学を勉強するとかできるのに。私の仕事はボーッとして何もしない時間をなくすことだ」

「オシムの人に対する配慮は、選手だけではありません。ジェフという場所で出逢ったことが、まるで宿縁であるかのように、それを大切にするのです」

第3章:ドイツ留学の理想と現実

「異国から遠く離れた日本のことを考えると、物事がシンプルに見えてくるから不思議なものです」

「カッパ先生に比べると、他の先生は決められた通りのことを教え、それを子供たちが従順にやることだけを求めているようにしか見えませんでした。”規格外”は、そのころの僕のキーワードだったのかもしれません」(小学校時代)

「ドイツにしろ、オランダにしろ、彼(大学時代に出会ったファン・バルコムというドイツでサッカーを学んだオランダ人コーチ)のやるサッカーはまさしくヨーロッパ的なものだったのです」

「何事も手を抜かなければ、評価してくれる人は必ずいるものです」

第4章:落ちこぼれチームの奇跡

「リスクを冒し、その責任を負うことをなるべく早く子供に教えるべきです」

「それが一番自然な動きだからで、ヨーロッパではまずインステップキックから始めます」

「日本では自分の生き方にきちんとリスクを冒し、自分で判断し、自分で責任を取る、そういう考え方を身につけている人は少ないのではないでしょうか。社会全体が過保護で、脆弱な大人たちが多いのも、どこか子供のころの教育と関わりがあるような気がするのです」

「9人だけの落ちこぼれチームを通して、僕の中には明確な目標が生まれました。子供たちの育成です。それにはサッカーが絶好の機会と場所を与えてくれると確信したのです」

「ホームゲームは14日に1回しか開催されない。残りの13日は我々がサポーターにお礼をする」

第5章:逆境からの躍進

「ハンデがあればあるほど、組織はまとまると強くなるのです」

「ドイツでは、サッカーの前に人権、サッカーの前にデモクラシーが強く意識され、どんな立場の人でもそれを侵すことはできません。どう見てもこの過酷なランニングは人権以前の愚挙ですが・・・」(帰国して大学サッカー部の指導を目にして)

第6章:硬直した組織との苦闘

「身の回りをきれいにできない人は、大成できないのです」

「指導者自身が変わらないと、選手も変わらないのです」

「子供時代にはいろんな経験をすべきで、サッカーだけに偏ってはいけないという信念を持っています」

「トップこそ現場の声に耳を傾けなくてはいけないのです」

第7章:オシム”引き抜き”の舞台裏

「人生はすべて本人が決めることなのです」

「ドロドロの世界で、それを知りつつも純粋に生きていきたいのです。そうしたドロドロとした世界で、オシムのような純粋さを失わない人と出会ったことは、僕に新たなチャンスを与えてくれました」

「オシムさん、あなたは太陽で、僕は月や」

「日本サッカーに欠けているのは、技術でも体力でもセンスでもなく、リスクを恐れず前へ突き進む気持ちだと思うのです。それは社会という環境が作り出すものです。豊かさになれてリスクを避け、安穏に暮らす環境の中からはそれは生まれません」

「子供たちに汚れた手で接したくないのです」

第8章:新天地で描く未来像

「もともとサッカーに答えを出すことがすでに間違っています。答えは永遠にないのです。それを無理やり型に入れたのがマニュアルです」(日本サッカー協会に対して)

「みなさんはライセンスの勉強をしていますが、本や資料を読んでばかりいる勉強だったら、すればするほどダメになりますよ。・・・ライセンスを取ったからといって、現場で勉強しなくなったらだめですよ。あのオシムさんでもいつも勉強、勉強なんですよ。」(指導者講習会の講師を頼まれた時)

「(練習でお遊び形式の)ゲームばかりやらせていると、てっきりサッカーを教えてくれると思っていた親は不満顔を浮かべるのです。『ジェフのGMだから、どれだけ素晴しい技術を教えてくれるだろう』という期待が裏切られるからです」(子供のサッカー教室にて)

「これはサッカーだけでなく、日本の学校教育にも当てはまると思います。柔軟性がなく、変化に弱い。まさに日本サッカーの弱点を生む元凶になっていると思います」(画一的指導に関して)

「いっしょに辞めてもいいと思える人と仕事はやりたいのです」(監督選びに対して)

「結果オーライの世界ですが、だからこそ人間的なものを大切にしたい。それはオシムとの出会いでさらに深まりました。人間として尊敬できるかが、第一条件なのです」

「僕は人生の難所を多くの人たちの力を借りることで乗り越えられてきました。それはよく”人脈”の力だと評価されますが、僕自身は人への好奇心だと思っています」

「種をまいてから実を結ぶまでは時間がかかるということを現代人は忘れがちです。スピードアップばかりを考えて、待つことができなくなっているように僕には見えます」

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