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2011年2月の3件の記事

2011年2月19日 (土)

ベンゲル・インタビュー サッカー選手の育て方

たまたま発見したアーセナル監督のベンゲルへのインタビュー。



セスク・ファブレガスについて:

「彼はたぐいまれな才能を持っているが、しかしそれだけではなく、取り組む姿勢も素晴しい。」

若い選手が成功するために:

「自分のベストを尽くすために、どれだけ自分に犠牲を強いる準備ができているか。朝起きた時、人は境界線にいる。だらだらした1日を送るのか、ベストを尽くそうと思うか。そこで、いや、1日を無駄にしたくない、ベストを尽くそうと言えるか。」

選手育成について:

「選手育成は家を建てるのに似ている。まず家の土台となるものはテクニック。7歳から14歳くらいで作り上げていくが、14歳の時点でそれが備わっていなければトッププレーヤーにはなれない。次に来るのはフィジカル的な要素で、14歳から17歳で強さや速さが十分であるか判断される。3階には戦術的な要素。そして、最上部、18歳から19歳の時点では、どれくらい自分が成功したいかという気持ちが備わっているか判断される。屋根の部分に当たるが、屋根がなければ家が雨で壊れてしまう。」

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2011年2月14日 (月)

勝者のエスプリ - アーセン・ベンゲル

尊敬すべき指導者アーセン・ベンゲルが1997年に書いた「勝者のエスプリ」を読んだ。アーセナルの試合は1度生で観戦したことがあり、ベンゲルとは2・3回会ったことがある(夢の中で)。

Arsene Wenger(アーセン・ベンゲル)

1949年フランス生まれ、ストラスブール大学卒。フランスでプロ選手としてのキャリアを終えた後、RCストラスブールでユースの指導に携わり、その後、ASカンヌやASナンシーで指揮をとる。1987年から1994年までASモナコで指揮をとりフランスリーグ優勝2回、フランスカップ優勝1回。

1995年から2シーズン、名古屋グランパスエイトの監督を務め、最初の10試合で8敗しリーグ最下位に低迷するも、最終的には前期4位、後期2位、天皇杯優勝。日本に残るかどうかの選択に迫られたが最後は「これ以上日本にいると、(指導者として)ヨーロッパに戻れなくなる」と決断し、イングランドのアーセナルFCと契約した。

1996年にアーセナルFC初の外国人監督に就任した当時、「どのアーセンだ?」と新聞で言われるくらいイングランドでは知られていなかったが、初めてのシーズンでリーグ3位(過去6シーズンで最高)、2年目でリーグ優勝とFAカップのダブルを達成。現在に至るまでアーセナルの監督を務め、アーセナル史上最も長く指揮を執っている。素晴しいのは成績だけではない。

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フランス時代の話:

「サッカー以外のさまざまなことに興味を持っていたし、人生を理解しようともしていた。」

「私は選手個人の資質を生かしながら、その長所を伸ばすように努めた。」

グランパス時代を振り返って:

「私は選手たちにもっと自立した、自由な表現を求めていた。私に言わせれば、ボールを支配するのは、ボールを持っている選手であるべきなのだ。だが、選手たちは、それをゲームのシチュエーションの中で学ぶより前に、まず私が適切と思う方法を教えることを期待していた。選手が私に期待していることと、私が選手に求めることは、(日本では)ちょうど正反対だった。」

「日本人は動きを身につけるのが得意なようだ。どんなサッカー選手でも、完璧な動きをこなすことができる。ただしそこには一つの条件がある。相手さえいなければ、という条件だ。私はこのことを、小倉も敵がいなければストイコビッチなのだが、と表現したことがある。」

「私にとって一番重要だったのは、チームがサッカーの魅力を発見したことだった。自己表現の素晴しさと同時に、チームが一つになって、サッカーそのものの奥義のようなものに触れることができたのだ。」

選手の可能性について:

「今日、若い世代は貧困とは無縁で、生まれたときから安楽な生活を享受している。ところがレベルの高いスポーツの世界では、個人のレベルでも、それとは正反対にあるかなりの”犠牲”が必要となる。実生活においても相当な厳しさが必要となる。常に他より抜きん出ようと闘うことは、私生活でもかなりの忍耐を要するのだ。統計的に見ても、そのような人たちはこの世にそう多くはいない。」

「監督は選手に対して、もっと大きくなってもらえるような道をつけることはできる。ただもし選手本人がそれを望んでいなければ、彼は決して大きくなることはない。監督にできるのは、あくまで道を示すことでしかない。」

「20歳で必要な資質をすべて備えるなどというのは不可能なことだ。厳しさは自然に身についていくものではない。人は『がーん』と頭を殴られるような経験を経て、人生というものを学んでいくものだ。」

チームの勝利と自己表現:

「おそらく監督は、選手がグランドに来てくれたら、まず彼らはサッカーというゲームの楽しさにひかれて来たのだと思うべきなのだ。ゲームの概念、ゲームは楽しいものだという概念、その楽しさを支えているのは個人の表現であるという概念を失わないようにしている。ただしそれは、選手に好きなようにプレーさせるというのとは少し違う。選手に対して自己表現を推奨しながらも、チームのルールを尊重すべきだと理解させる必要がある。バランス、とはそういうことなのである。」

「当面の結果のみにとらわれていると、それが監督自身にとっての自殺行為になることもある。チームが結果にこだわった時、そこで優先されるのはゲームの楽しさではなく、厳しさと効率だ。」

「サッカーはグランドに出たら選手個人個人に任せるしかないのだ。」

「どうやら、成功すると人は小市民化する傾向にあるようだ。成功は人間を麻痺させてしまう。監督にもこれが当てはまる。成功した監督は、このメソッドが良かったのだと安心し、そこから先へと進めなくなってしまう。もし10年も変わらずにいた監督がいたとすれば、彼はある時、周囲が常に進歩しており、いつのまにか埋められないほどのギャップが生まれていることに気づくだろう。勝ったときにこそもっとも自分自身に厳しくあらねばならない。」

「モナコであれ、グランパスであれ、アーセナルであれ、選手のクオリティーとチームのオーガニぜーションが違うのだから、方法論は違ってくる。だが、選手に、より自由に、より豊かに表現をしてほしいという私の基本方針は変わらない。」

「すでに賢明な読者の方々なら、サッカーの技術や戦術がいかに教育と深く結びついているか、お気づきになったのではないかと思う。そして、私の目には、日本のサッカーが克服しなければならない最大のテーマもまたここにあるように映っている。どの年代であろうと、勝ちたいという気持ちは大切だ。だが、どのようにして勝つのかをきちんと教えていない。選手育成において弊害にならないようにするためには、ゲームの精神を損なわないようにすることだ。」

「日本での試合の現状を見ていると、人々があまりにもすぐに結果を求めることに集中してしまっているのに気づく。どうしたら韓国に勝てるかではなく、どうやって韓国に勝つのがいいかといったテーマに取り組めるような体制を、早急に整備する必要があるのではないだろうか。」

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2011年2月 5日 (土)

サッカークリニックインタビュー「選手の評価表」

雑誌「サッカークリニック」の4月号で自分のインタビューを掲載してもらいました。サッカーノートのことから始まり、選手の評価表やトレーニングコンセプトなどを載せてもらいました。

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    ↓ 4月号の表紙

  Cover

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