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2007年11月の5件の記事

2007年11月29日 (木)

ドイツで日本人対決 x Rossbach戦

 フランクフルトの高原でも稲本でもなく、ドイツの他の場所でちょっとした日本人対決があった。オーバーリーガ(ドイツ4部リーグ)の前半戦最終節となる第17節、Wirges(ヴィルゲス)はホームでRossbach(ロスバッハ)と対戦した。ロスバッハには友達のマサキがプレーしている。

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<ヴィルゲス(白)とロスバッハ(赤)>

 ヴィルゲスはここのところカップ戦も含めて3連敗し、順位を9位と下げている。対するロスバッハは、今シーズン5部から昇格してきたばかりにもかかわらず、ヴィルゲスよりも3ポイント上の7位。この試合はダービーでもあり、ヴィルゲスは何としてでもホームで勝ってロスバッハに追いつかなければいけない。この試合前には何人かの選手が2軍送りにされたが、この試合で負けたりしたら監督ハンズィはさらに暴走してしまう。

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<マサキ(21)に寄せるシュテフェンとカバーする俺>

 マサキはスリートップの右、俺は左サイドだったためところどころでマッチアップした。

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<俺の後ろでシュテフェンとやりあうマサキ(21)>

 ヴィルゲスは前半2-0のリードで折り返す。

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<指示を飛ばすヴィルゲスの監督ハンズィ>

 後半、ヴィルゲスは更に追加点を奪い3-0。しかし、ペナルティーエリア内の間接フリーキックから1点をかえされた。

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<マサキ(左)と俺(右)>

 試合は3-1でヴィルゲスの勝利。ヴィルゲスは勝ち点24でロスバッハと並んだが、得失点差でロスバッハよりも上の順位になった。

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2007年11月22日 (木)

ドイツでサッカーをしている三浦雅樹

ドイツでサッカーをしている友達のマサキについて。

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<マサキです。>

本名、三浦雅樹。
マサキは横浜FCに在籍していたが2005年に解雇され、2006年にドイツへやってきた。俺の所属していたザールラント州の1. FC Reimsbach(ライムズバッハ)に一時期籍を置き、その後、2006/07シーズンからラインラント・プファルツ州のSV Rossbach(ロスバッハ)でプレーをしている。入団当時、チームはラインラントリーガ(ドイツ5部)に所属していたが、マサキはスタメンとして活躍し、チームのリーグ優勝とオーバーリーガ(ドイツ4部)への昇格に貢献した。

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<ホームで試合に出場するマサキ(赤いユニフォーム)>

 ロスバッハは昇格したばかりにもかかわらず、優勝候補に挙げられているカイザースラウテルン2軍やホンブルクといった強豪に勝ち、16節を終えた時点で18チーム中7位と健闘している。17節では俺の所属するWirges(ヴィルゲス)と対戦することになっている。

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<試合後、バスの中でチームメイト勝利を祝う>

 マサキは、週5日午前にドイツ語学校に通い、週4回は夕方からチームの練習に参加、週末はリーグ戦に出場している。1年前と比べるとドイツ語もかなり上達して、チームメイトや近所の住人とも意思疎通ができるようになりドイツでの生活を満喫している。学校の行き帰りのバスでは、当初、登下校の子供たちにゴミを投げられるといったアウェイの洗礼を受けたマサキだが、今はすっかり子供たちの人気者になっている。

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<マサキの家の玄関>

 マサキは、俺の家から5キロほどのKleinmaischeid(クラインマイシャイト)というちょっとした田舎のアパートに住んでいる。たまに一緒に買い物に行き、家ではしっかり自炊している。部屋も比較的きちんと整頓されている。家の周りには猫が2,3匹住んでいて、マサキを主人だと思っている猫がたまに玄関先にネズミや鳥を運んでくる。

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<きれいにしてから撮ったリビングルーム>

 去年通い始めた語学学校では、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北中南米などの様々な人たちがドイツ語を勉強している。数人の親しい友達ができ、家に招待されたり、一緒にカフェに行ったりして仲良くやっている。学校の授業はもちろんすべてドイツ語で行われ、8時30分から11時45分まで週5日みっちりやって、1ヶ月275ユーロ(約4万5千円)。

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<語学学校のクラスメートと>

 語学学校から戻ると復習や宿題をして、時間があれば近くの森へジョギングに行ったり、近所の子供たち相手にサッカーをしたりしている。夕方はチームメイトの送り迎えで練習へ行き、夜の10時くらいに練習を終えて家に帰ってくる。現状に満足せず、更に上のリーグでプレーするためにドイツでがんばっている。

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2007年11月17日 (土)

流行はドッペル・ゼックス(ダブルボランチ)

 ワールドカップ2006ドイツ大会は、優勝イタリア、準優勝フランス、3位ドイツ、4位ポルトガルという結果に終わった。この上位4チームには共通する点がいくつかある。4チームが、4バックの前にダブルボランチを置き、ドイツを除く3チームが「4-2-3-1」というフォーメーションを採用していた(ドイツは4-4-2)。世界のトップレベルでは今、「4-2-3-1」がトレンドとなっていて、「4バック」と「ダブルボランチ」がチームの骨組みを作るキーワードとされている。

Ballack  Frings
<バラック(Ballack)とフリンクス(Frings)>

 ドイツでは選手の背番号以外に、ポジションによって決まった番号の呼び方が存在する。例えば4-4-2(中盤はひし形)の場合、キーパーは「1」、ゲームメーカーは「10」、2トップは「9」と「11」。ボランチは「6」で表される。ドイツ語では「ボランチ」のことを、「Zentrales Mittelfeld(中盤の真ん中)」や「Defensives Mittelfeld(守備的中盤)」などという場合があるが、単純に6(ゼックス)のポジションという意味で、「Sechser(ゼクサー)」と呼ぶことも多い。監督が「今日お前はゼクサーだ」と言えばボランチをプレーすることになり、「Zehner(ツェーナー)をマークしろ」と言われれば相手のゲームメーカー(2トップの後ろ)をマークすることになる。

 ドイツ代表はワールドカップでバラック(チェルシー)とフリンクス(ブレーメン)の2人を「Sechser」に配置し、「Doppel-Sechs(ドッペル・ゼックス)=ダブルボランチ」を形成した。

Pirlo Gattuso
<ピルト(Pirlo)とガットゥーソ(Gattuso)>


 イタリア代表とACミランでコンビを組むピルロとガットゥーソのコンビは、ワールドカップとチャンピオンズリーグで結果を残している。ガットゥーソの運動量と守備力、ピルロのゲーム展開力と意外性は理想的な「Doppel-Sechs」。

Vieira  Makelele
<ヴィエラ(Vieira)とマケレレ(Makelele)>

 「Doppel-Sechs」は、1人のSechserの時よりも守備のときにコンパクトにまとまることができるので、チームの安定感が増す。また、走る距離も二人で分担できる。フランス代表ではヴィエラ(インテル)とマケレレ(チェルシー)が「Doppel-Sechs」を形成していた。

Maniche  Costinha
<マニシェ(Maniche)とコスティーニャ(Costinha)>

 「Doppel-Sechs」は守備に安定感をもたらすが、攻撃力が衰えるわけではないらしい。中盤の両サイドに非常に攻撃的な選手を配置して攻撃的なサッカーをするチームも多い。また、一人の「Sechser」が守備に重点を置いているので、基本的にはもう一人の「Sechser」が攻撃に参加することもできる。ポルトガルの「Doppel-Sechs」は、マニシェ(ディナモ・モスクワ)とコスティーニャ(アトレティコ・マドリー)だった。

Zeroberto Vanbommel
<ゼ・ロベルトとファン・ボメル>


 ブンデスリーガでも、現在首位を走るバイエルン・ミュンヘンを始め11チームが「Doppel-Sechs」を採用している。シュトゥッツガルト、ブレーメン、シャルケは「Doppel-Sechs」を採用せずブンデスリーガで結果を残しているが、チャンピオンズリーグでは今シーズン苦戦している。
 
 ドイツ代表のスカウティングを担当しているSiegenthaler(ズィーゲンターラー)は、「安定した守備をしつつ攻撃の起点になるためにも、中盤の選手にはマルチな才能が求められている」と言っている。「潰し屋」や「うまい選手」は同時に「戦略家」や「ファンタジスタ」としての一面も求められることになる。そして、お互いをカバーし力を出し合うためにも2人のSechserには絶妙な相性も求められる。

Buffaroman  Mongolman
<バッファローマンとモンゴルマン>

 
1000万パワーのバッファローマンと1000万の技を持つモンゴルマンの2000万パワーズもまた理想的なタッグのひとつと言える。

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2007年11月13日 (火)

サッカーと暴力沙汰 - そして類似例

 現在、自分の所属しているWirges(ヴィルゲス)では、リーグ戦のある試合で発生した人種差別発言やグランドでの暴力沙汰が取り沙汰されている。ヴィルゲスの選手が相手のアフリカ系選手を人種差別的な発言で挑発し、それに怒ったアフリカ系選手がヴィルゲスの選手を殴ったということになっているが、双方の意見が食い違い真意の程はわからない。明日、スポーツ裁判所でこのことについて話し合われることになっている。

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<ワールドカップでのジダンのヘッドバット>

 
前回のワールドカップ決勝フランス対イタリア戦では、フランス代表のジダン(Zidane)が、延長後半にイタリア代表DFのマテラッツィ(Materazzi)の胸に強烈なヘッドバットかました。当初、アルジェリア系であるジダンに対し人種差別発言などがあったと問題になったが、2人ともそのことについては否定をしている。ジダンは自分の姉に対する侮辱発言に対して怒り、マテラッツィもそのような挑発をしたと認めている。マテラッツィはジダンに姉妹がいることも知らず、ただ単にそのような挑発的な発言をしていた。後に、ジダンの姉にも謝罪のコメントをしている。

 ジダンには3試合の出場停止と7500スイスフラン(当時70万円)の罰金が科せられ、マテラッツィには2試合の出場停止と5000スイスフランの罰金が科せられた。ジダンは大会前から、この大会後の引退を表明しており、彼はレッドカードによる退場で引退試合を締めくくることになった。ジダンの3試合出場停止は3日間の社会奉仕活動に置き換えられた。

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<バッファローマンのハリケーンミキサー>

 自前のバッファローマン(1000万パワー)は、ハリケーンミキサーの体勢をとっている。ハリケーンミキサーとは自慢のロングホーン(角)とともに頭から敵に突進するバッファローマンのフェイバリットホールド(必殺技)。敵はハリケーンのように舞い上がり、ミキサーにかけられたように回転しながら落ちてきて、最後はリングに突き刺さる。たいへん危険なので真似をしないように。

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<カントナのカンフーキック>

 他にサッカー選手の暴力沙汰として有名なのは、1995年にイングランドで起きたカントナのカンフーキック事件。当時、マンチェスター・ユナイテッドに所属していたフランス代表のカントナは、汚い野次を飛ばすクリスタル・パレスのサポーターにカンフーキックをかました。レッドカードをもらったカントナは、約4ヶ月の社会奉仕活動と約1年の出場停止処分を受けた。

Kenkakick
<蝶野のケンカキック>

「I´m CHONO.」
プロレスラー蝶野正洋の得意技の一つ、ケンカキック。危険なので真似をしないように。
蝶野は高校時代、サッカーと暴走行為に明け暮れていたらしい。奥さんマルティナはドイツ人デザイナーとのこと。

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<殴るスコラーリ監督>

 
ブラジル人で現ポルトガル代表ルイス・フェリペ・スコラーリ(Luiz Felipe Scolari)監督は、ユーロ2008予選で対戦したセルビアのドラグティノヴィッチ(Dragutinovic)選手の顔を殴ったとし、3試合の出場停止を受けた。セルビアのクレメンテ(Clemente)監督は、「スコラーリは監督業をやめるべきだ」と厳しく批判した。

Crosscounter
<矢吹丈のクロスカウンター>

 WBCバンタム級王者ホセ・メンドーサに必殺技のクロスカウンターをかます矢吹丈。ホセは判定でジョーに勝つも廃人同然に。ジョーは真っ白に燃え尽きる。危険なので真似をしないように。

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2007年11月 6日 (火)

人種差別問題勃発 vs Hauenstein戦

Hauen  VS Egc
  Hauenstein             Wirges

 リーグ戦14節のHauenstein(ハウエンシュタイン)戦。アウェイの試合会場までバスで3時間もかかった。怪我をした膝の調子も良くなってきて1軍のメンバーに入り始めているけど、まだ試合には出場していない。Wirges(ヴィルゲス)の2軍はドイツの5部リーグに所属していて、最近は試合勘を取り戻すためにそこで公式戦に出させてもらって調整している。

 前半にサイドから崩されて先制されてしまったが、途中交代で入った若手のダニエルのゴールにより同点に追いつき、1-1の引き分けで試合が終了した。が、試合終了直後、相手チームのアフリカ系選手Aがヴィルゲスのドイツ人選手Bに飛びかかった。みんなで二人を引き離したが、このヴィルゲスの選手Bは引き離されても相手のアフリカ系選手を挑発し続けていた。そうこうするうちに、他の選手同士ももめ始め、今度はヴィルゲスのコソボ系ドイツ人選手Cと相手のアフリカ系選手Aが激しく言いあってみんなに取り押さえられた。

 翌日、監督ハンズィのもとには新聞やラジオ局から電話が殺到し、新聞の記事やラジオでそのときの出来事が報道されていた。相手チームからは抗議の声明が出され、ヴィルゲスではチームの弁護士と共にそのときの状況について緊急ミーティングが開かれた。文書には、「ヴィルゲスの選手Bが試合中にハウエンシュタインの選手Aに絶えず人種差別的で挑発的な発言をしていたこと」、「ヴィルゲスの選手Cが試合終了後、ハウエンシュタインの選手Aを人種差別的な発言で侮辱したこと」、「試合中、ハウエンシュタインの選手Aがヴィルゲスの選手Bの非紳士的な行動に対して何度か審判に訴えたにもかかわらず、審判がその訴えを聞き入れず試合を進めていったこと」、「ハウエンシュタインの選手Aが試合後にヴィルゲスの選手Bを殴ってレッドカードの処置を受けたのに対し、ヴィルゲスの選手Bは審判から何の処置も受けなかったこと」などが書かれていた。ヴィルゲスの選手BとCは部分的に人種差別的な発言をしたことを認めている。俺も含め何人かの選手は、この人種差別問題に対してかなり不快な思いをしている。

 この2選手と何人かの証人は、近々、裁判の場に出ることになっている。個人的に最低で5週間の出場停止と3000ユーロの罰金が科せられる可能性があり、チームに対しても罰金や減点の処置が下される可能性があるらしい。

 この試合の3日後にはラインラント地区のカップ戦があり、ヴィルゲスは昨シーズン4部から5部に降格したBetzdorf(ベッツドルフ)と対戦した。まだ正式な処分が出されていないからかもしれないが、試合には渦中の選手BとCも出場した。本人もしくは監督が自粛するかと思ったが、普通にスタメンで出場したので少し驚いた。結果は0-1で負け。去年はベスト4だったが、今回は天罰が下り、ヴィルゲスは早々に姿を消すこととなった。

Oyabun
<喝!!>

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