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2007年10月の3件の記事

2007年10月27日 (土)

サッカー選手と視力 - メガネそしてグラサン

 あるブンデスリーガの試合後のインタビューで、決定力不足により負けたチームの監督のコメント。「残りの質問には答えられません。なぜなら、私は今すぐ選手たちの所にいかなければならないからです。彼らはゴールの位置がわからないほど目が悪いので、私がロッカールームからバスへの道案内をする必要があります。」

 サッカーだけでなく、スポーツ選手にとって視力の良さは欠かせない。上のコメントは冗談も混ざっているが、ほとんどのプロチームは選手たちの視力も定期的にチェックしていてる。カカ、バラック、レーマンなどはコンタクトレンズを着用していて、テュラム、ロナウドなどは試合以外の時に眼鏡で登場することがある。

Kakabrille
<眼鏡のカカ>

 サッカー選手で眼鏡といえば、元オランダ代表のダーヴィッツ(現アヤックス)。安全性のため試合中のピアス、指輪、ネックレスなどの着用は禁止されているが、1999年に目の手術を受けたダーヴィッツは例外的に試合中にスポーツ眼鏡をつけることが許されている。

Davids
<エドガー・ダーヴィッツ>

 
自分もコンタクトレンズをつけているが、つけるきっかけになったのはサッカーでボールが見えにくくなったため。特に、うす暗くなってくるととても見にくかった。最初は試合のときだけ着用していたが、そのうち練習の時も着用するようになり、しまいには常につけるようになった。レンズのケアなどで面倒な時もあるけど、やっぱりはっきり見えると便利。遠くにいる友達を見間違えることもなくなる。

Brad_pitt
<プラピ>

 
自分の周りにもコンタクトをつけてプレーしている人がいるけど、視力矯正手術をした選手もいる。相手選手の手などが目に当たり、試合中にコンタクトが取れてしまったことが何回かあるけど、視力矯正手術の場合はコンタクトを無くす心配や面倒なレンズのケアをしなくてすむ。ちなみにブラッド・ピットも視力矯正手術をしたらしい。

以下、眼鏡やグラサンの人たち。視力とは無関係。

Clapton

エリック・クラプトン。

Mr_marik

ハンドパワーです。

Ooake

さまぁーず大竹は伊達眼鏡。最近は本当に目が悪くなってきたらしい。

Kozy

タモリではなくコージー富田。

Daimon

団長!西部警察の大門。

Kuku

男塾生徒会長田沢。いつ聞いてもさすがじゃのう、田沢の九九は。
押忍、ごっつぁんです。

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2007年10月20日 (土)

「Ehrgeiz(エーアガイツ)」 - 野心、向上心

            Mattiaeus

 グーテンターク。元ドイツ代表キャプテンの闘将マテウスです。今回私が言いたいのは「Ehrgeiz(エーアガイツ)」すわなち「野心、向上心」についてです。このテーマついては、本が1冊かけるくらい言いたいこと山の如しです。

 自分で言うのもなんですが、1990年、ドイツの一員としてワールドカップで優勝することができたのは、持ち前の野心、向上心があったからだと思っています。私はワールドカップ前、イタリアのインテルでプレーをしていましたが、当時のジョヴァンニ・トラパットーニ監督は「もしお前が左足でもいいシュートを撃てるようになれば、お前はワールドクラスの選手になるだろう。」私にと言いました。それから、私は午後に一人で左足の練習を行いました。

 1990年のワールドカップ初戦の相手はユーゴスラビアでした。この試合で私は左足で先制ゴールを決め、ドイツの4-1の勝利に貢献することが出来ました。このゴールがわれわれに勢いをもたらし、われわれはワールドカップ優勝という偉業を成し遂げることができました。

 私はかなりの野心家ですが、私の周りを見渡して私よりももっと野心家なのはバイエルン・ミュンヘンのオリバー・カーンです。しかし、われわれ2人はいわゆる天才タイプではありません。80年代、メンヒェングラートバッハでプレーしていた現シュトゥッツガルト監督のアルミン・フェーは天才的な才能を持っていましたが、最終的に多くのタイトルを獲得したのはカーンのほうです。

 一般的に、貧しい環境で育った選手のほうがハングリーで野心的だと言われています。確かにこの考え方は間違ってはいないでしょう。リオデジャネイロの貧民街から億万長者に。彼らにとって、サッカー選手で成功することが貧困からの唯一の抜け道なのです。しかし、これらの選手たちとは対照的に、現在ACミランでプレーするブラジル代表のカカーは、サンパウロの比較的裕福な家庭で育ちました。それでも彼はファイターなのです。彼はもっとうまく、もっと強く、もっと速くなるために努力を重ね、現在でもっとも優秀な選手へと成長しました。

 昔は個々の選手に合わせた科学的トレーニング方法があまりありませんでした。カカーの周りにはコンピューターを用いた最先端のトレーニング設備があり、何人もの優秀なスタッフが彼の体を管理しています。ミランでなくとも、現代では自分の能力を高めるためにいくつものトレーニングの選択肢が用意されています。しかし、コンピューターによって導き出されたトレーニング方法だけでは、カカーは大成しなかったでしょう。コンピューターは膨大なデータを処理できますが、人の気持ちまでは制御できません。いくらたくさんのトレーニング方法があっても、野心、向上心がなければ決して大成はできないのです。

Sportbild誌 コラムより

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2007年10月 7日 (日)

ブンデスリーガ フランクフルト対レバークーゼン

 ブンデスリーガ第9節、10月7日に行われたEintracht Frankfurt(アイントラハト・フランクフルト)対Bayer Leverkusen(バイヤー・レバークーゼン)の試合を観にいった。

 この日は自分の試合(3-0で勝利)もあり、試合後に急いでスタジアムに向かったが、着いたのはちょうど後半が始まるころだった。観客は47600人。前半は0-0のまま終了していた。

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<コメルツバンクアレーナ (Commerzbank Arena)>

 高原選手はシーズン前に痛めた膝の治療のため、9月下旬に日本へ帰国していた。この試合の時にドイツにいたかわからないが、メンバー入りはしていなかった。フンケル監督によると、復帰は10月20日以降とのこと。稲本選手も左脚付け根を肉離れしていて、メンバーに入っていなかった。結局、日本人はメンバー外、イラン人のマハダヴィキアも控えだった。

 後半、先制したのはホームのフランクフルト。シュトライトのCKをギリシャ代表のDFキュルギアコスが頭であわせた。リードしたフランクフルトは、右サイドバックにマハダヴィキアを投入。しかしながら、レバークーゼンのCKをフランクフルトのルスがオウンゴール。試合は1-1の同点に。

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<ゴールを喜ぶフランクフルトファン>

 その後、レバークーゼンはペナルティーエリアの左でファールを取られる。ちょっと厳しい判定だった。フランクフルトのキッカーは、この日1アシストしているシュトライト。ゴール前に飛んだボールをまたもやDFのキュリギアコスが頭であわせた。キュリギアコスはこれまでブンデスリーガで8ゴール決めているが、すべてがシュトライトからのアシストらしい。

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<キュリギアコスのヘディングシュート(2点目)>

 フランクフルトはこのあと守りきり2-1で勝利。4位にいたレバークーゼンから貴重な勝ち点3を奪い取った。これにより、フランクフルトは7位に上がり、レバークーゼンは8位へと順位を下げた。首位は9試合で無敗のバイエルン。格の違いを見せている。以外なのは2位のカールスルーエ。今シーズン2部からあがってきたばかりだが健闘している。

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<2-1でホームのフランクフルトが勝利>

 試合後、帰るためにスタジアムの階段を降りていると、階段から落ちそうなほどふらふらしているおばちゃんがフランクフルトのマフラーを巻いて立っていた。道をゆずり、俺の前をふらふら歩くおばちゃん。会場にはフランクフルトの応援ソングが流れ、おばちゃんは手すりにつかまりながらふらふらと歩いていた。そして、おばちゃんも俺も無事になんとか階段を降りきった。その時、いままでふらふらしていたおばちゃんがいきなりが音楽に合わせて「アイントラハト!」と両手を突き上げて叫んだ。めちゃめちゃぴんぴんしていた。

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