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2006年2月の12件の記事

2006年2月28日 (火)

ファッシングパーティー

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<バンドで盛り上がるパーティー会場>

 
カップ戦での敗戦後、チームメイトの何人かとそのままファッシング(謝肉祭)パーティーへと出かけた。この時期には、個人や集団でいろいろな変装をしてパーティーに参加する。パーティじゃなくても、店の店員や街を歩く人も変装している。俺たちは試合からそのまま来たので変装もしなかったけど、どこもかしこも変装だらけだった。
 出た時間がまだまだ時間が早かったのでライムスバッハの近くのバーで時間を潰す。しかし、そのバーもこれから開くところだった。無理言ってそこで時間を潰したあと、パーティー会場へと向かうと思いきや、飲んだくれのマルセルがまたまた違うバーに立ち寄りそこで時間を潰す。バーにいたサッカー関係のおっさんたちと絡み、俺は見事そこのおっさんのチームからオファーをもらった。 

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< 右から、アレックス、クリストフ、イェギー、トミー>

 ようやく会場に着いた頃には、チームメイトの飲んだくれのマルセルはすでに酔っ払っていた。来る途中で教えた日本語「まじでー」を連呼しながら会場に近づいていった。何回教えても3分後には忘れていて、教える度にところかまわず「まじでー、まじでー」と叫んでいた。
 会場にはたくさんのやつらが変装していて、天使、悪魔、ドラキュラ、農夫、ドクターからパンダ、スパイダーマン、クリンスマンまで何でもありだった。

Andreas_040_1  俺たちはいつものごとく、ビールスタンドの近くに陣取る。会場にすでにいたチームメイトも合流してみんなでわいわいしていた。マルセルは酔っ払って誰かまわず絡んでいた。更に、飲み会の大御所ショービーが何人かを引き連れてやってきてより騒がしくなった。試合後はへこんでいたショービーだけど、この時はすっかり上機嫌だった。
 その後、会場も盛り上がり始め、知らないやつらと乾杯や話をしていると、一緒に来たマルセルがいなくなっていた。俺のジャケットもやつのところに置いてあったのに先にばっくれやがったと思っていたら、酔っ払いすぎたため、ショーバーに強制送還させれられたらしい。仕方なく、しばらくしてからタクシーを拾って家に帰った。 


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ザールラント州のカップ戦

 今年初めの公式戦があった。ザールラント州のカップ戦で、相手は一つ下のリーグのSteinbach(シュタインバッハ)。アウェイでの試合だけど、勝たなければいけない試合。午前中に軽く練習を済まし、昼食後、みんなで会場へ向かう。グランドはところどころ凍っていたけど、ぬかるんでいるところもあり、スパイクの選択が難しかった。
 監督のウドは、今日もビビッてリベロを後ろに置いた。慎重なのはいいけど、試合によっては退屈で必要のないポジション、だと俺は思う。その役を俺がやらなければいけなかった。いつも通り中盤で戦わないやつがいたけど、まだ選手が動けて修正をきかせることができた。若手のプールが先制点を取ったあとフリーキックで同点に追いつかれたけど、前半は攻め込んでいたので点の入る気がした。

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<先制点を取ったプールとカトリン>


 後半になってもディフェンスは安定していて失点の気配はなかったけど、中盤とフォワードの何人かが動けず、攻撃が全く機能しなかった。さらに、10番ウリが負傷退場したけど、そこは若手のミヒャエルがなんとかその穴を埋めた。しかし、動けなくなったベテランの思いがけないミスで、元チームメイトのイタリア人ダニエルに失点を許してしまった。
 このあと、調子も良く得点もしていた若手のプールを交代させるという、監督のウドの意味のわからない交代で 2人が投入されたけど全く効果なし。中盤は落ち着かず、ロングボールに頼るけど、フォワードはボールを全く拾えない。見てる観客やチームメイトも、今日のこの監督の采配には不満を見せていた。このまま1-2で試合が終了し、今年のライムスバッハのカップ戦は終了した。

 「試合後に飲みに行くぞ」と言っていたキーパーのアレックスも、敗戦のショックでさっさと家に帰ってしまった。が、試合に出場しなかった飲み好きのマルセルに連れられて、みんなでFasching(謝肉祭)のパーティーに出かけた。


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2006年2月27日 (月)

羊飼い兼サッカーコーチ

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<羊を追い詰めるアンドレアスの犬>

 サッカーのコーチライセンスを受講したときに知り合ったアンドレアスの家に遊びに行った。近くのサッカー場で待ち合わせをしてから、ザールラント州内のはずれにある彼の家に到着。奥さんのハイディ、3人の小さい娘ヤナ、ヒアリ、カティが待っていた。ヤナとカティは柔道を習っている。ちょっと話をしたあと、アンドレアスの経営している農場へ。車で農場まで近づくと、200頭くらいの羊が柵の中で群れているのが見えた。

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<群れからはぐれた子羊を連れ戻す俺>

 群れがいる柵に近づくと、羊たちがみんなこっちを見始めた。これから移動の時間だとわかるらしい。アンドレアスが柵をはずすと、大群がどんどん押し寄せてきた。小さいのからデブいのまで、みんな「めーめー」言いながら押し寄せてきた。アンドレアスと俺は、め゛ーめ゛ー言う群れの先頭に立ち、アンドレアスの犬は羊たちが群れからはぐれないように周りをぐるぐる走り回っていた。もっと多い羊を見るときは犬を2匹連れて行くらしい。
 途中で群れに飲み込まれ、メーメー言う羊たちに囲まれて一緒に歩いていった。ごちゃごちゃしているのに、羊たちはぶつからずに俺をかわしながら進んでいった。たまに後ろから体当たり(蒙古覇極道)をくらった。最後に1頭脱走しようとしたけど、30分ほどの散歩を終え、無事にすべての羊を柵の中に戻す。その後、他の建物を案内してくれた。

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<柵の中でかたまって温まるブーちゃんたち>

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<興味を示すブーちゃんたち>

 
羊のほかにも牛、鶏、七面鳥、豚、猫など、たくさんの動物を近くで見せてくれ、建物や機械の説明をしてくれた。羊は人間にあまり興味を示さないけど、豚はなんにでも興味を示すらしく、作業をしていると服や靴を引っ張ってくるらしい。最初寝ていた豚たちも、俺たちが来るとブヒブヒ言いながら近づいてきた。関係ない話だけど、ケンシロウとハート様の闘いを思い出した。

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<ルクセンブルグの城でカティ(小)、ヒアリ(中)、ヤナ(大)、アンドレアスと>

 農場見学を終え、再びアンドレスの家に戻る。休憩後、ドライブへ。子供たちは暴れて泥だらけになるから農場には連れてかなかったけど、今度は娘たちも一緒に出かける。アンドレアスの家はドイツ、フランス、ルクセンブルグの国境沿いにあり、目的地のルクセンブルグの城までフランス経由で車を走らせる。娘たちは城に長くいたかったらしいけど、寒かったのできりあげて家に戻る。夏にまた来よう、ということになった。帰りに、ルクセンブルグでガソリンを補給する。ドイツで入れるよりだいぶ安い。
 家に戻り、みんなで自家製の羊・牛・豚のサラミ、ハム、ソーセージやケーキをおいしく食べる。去年の冬にも、なかなか手に入らないこの自家製の羊のサラミをアンドレアスが持ってきてくれた。次回はもう少し暖かくなったら庭でBBQを開催することに決定した。

 そういえば、アンドレアスは普通に話すときは「ケイタ」と呼ぶのに、電話だと「カイタ」と呼んでくる。

 

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2006年2月24日 (金)

ドイツCMデビュー

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<撮影前にメイクされる>

 
監督のウドの指令でデュッセルドルフに到着。撮影当日の朝、スタジアムのロッカールームに集合すると、一緒に撮影に参加する選手たちがすでに何人か来ていた。みんなと挨拶をし、昨日試着したユニフォームに着替える。順番にメイク係りのおばちゃんのところに行った。
 今回の撮影のシーンはチャンピオンズリーグの準決勝を想定されているらしく、世界各国の選手がプレーしているということで、俺が日本人選手役として参加した。更に、雨の多い時期の試合の後半を設定しているので、そんな感じのメークをされた。髪は少しぼさぼさにセットされ、汗の感じを出すために顔や手足にオイルを塗られてテカリ気味になった。顔にも汚れをつけられて、最後は霧吹きでシュッシュされまくった。

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<撮影に備えてみんなでアップをする>

 
デュッセルドルフのスタジアムは屋根がついていて雨の心配はなかったけど、動いていないとけっこう寒かった。撮影では実際に動くので、演技指導の監督・Uli(ウリ)のウォーミングアップで体を温めた。ウリは実際にサッカーの監督経験があり、日本でも1年間監督として働いていたらしい。ボール扱いもうまくて、撮影にも選手として一緒に加わった。アップの最後には、みんなでスライディングタックルを何本かして、ユニフォームを泥や芝生の跡で汚した。

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<撮影シーンのスタートポジション。俺は8番>

 アップが終わり、ウリから実際に行われるシーンについての説明が入る。赤チームの8人が攻撃して、金色チームの6人が守備についた。撮りたい絵は、フリーキックのリスタートからゴールするまでのシーンで、まずは通しで最初から最後までやってみた。
 パトリック(FW)からのショートパスをクリスチャン(FW)が落とす。その落しをパトリックが浮き球で左サイドのエディ(左MF)に展開。エディがドリブルで敵を抜きゴールラインまでえぐる。そこで切り返してファーポストの俺(右MF)にセンタリング。俺はジャンプヘッドでそのボールをルーベン(MF)に折り返し、それをルーベンが弾丸でシュートする。ゴールしたらみんなで喜ぶ、という感じだった。

 通しで何度かやった後、カット別に撮影した。今度は目線やら体の動きを強調しながらやらなければならなかったので、ボールに集中するのがたいへんだった。何度かやり直しをしたけど、どの選手も元プロやプロの2軍、ユースでプレーしているので、大きな問題もなくうまく進んでいった。

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<撮影終了後、コンゴ代表のエディと>

 夕方には無事にすべて終了。CMが流れるのはワールドカップ前らしいけどはっきりはわからない。撮影に参加したのは、ドイツ、ポーランド、ブラジル、トルコ、ポルトガル、コンゴ、日本など。撮影の合間に暇があればみんなでボールを蹴っていた。中でもエディとはよく練習した。エディはブンデスリーガ1部のケルンの2軍に所属しているけど、コンゴ代表としてこの前のアフリカ選手権に出場して得点もしたらしい。センタリングシュートの練習をしたときのやつのバネはやはりすごかった。
 ザールブリュッケンにもその日のうちに着いたけど、ヘディングのし過ぎで、翌日、額と頭皮が痛かった。

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2006年2月22日 (水)

デュッセルドルフ発上陸

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<ロケの行われるLTUアリーナで>

 監督のウドからの指令でデュッセルドルフに行くことになった。指令内容はCMの撮影。各国の選手がサッカーをしているシーンを撮るらしく、俺は日本人選手役として参加することになった。過去にも、チェコのプラハにいる時に侍として一度CMに出演したけど、その時は侍だか忍者だかよくわからない感じだった(詳しくはここで見て)。今回は前回と違い、いつもどおりサッカーをするだけなのでけっこう気楽だった。

 ザールブリュッケンから車で3時間かけてデュッセルドルフに初上陸。その後、待ち合わせ場所のLTUアリーナへ向かう。LTUアリーナはドイツ3部のFortuna Duesseldorf(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)のホームスタジアム。屋根付きでかなりきれいなところだった。Fortunaは過去ブンデスリーガ1部に所属していたチームで、俺のチェコ時代のチームメイト(シュタイナー・あだ名シュタイニー)もここでプレーしていた。しかし、こいつがいる間に1部から3部まで降格してしまった。一時は4部まで降格したがようやく3部に上がり、今では2部への昇格圏内に入っている。

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<ロッカールームで衣装合わせ>

 
この日は機材のテストやら衣装合わせやらで、撮影は行われなかった。ロッカールームに行き、ユニフォーム、スパイク、すねあてなどのサイズを確かめた。用意されたものは全部アディダス製品。俺の足はアディダスの型に合っていないらしく、今までアディダスのスパイクを履いてプレーしたことはない。今回がアディダスのスパイク初体験となる。
 衣装合わせ終了後、スタッフにホテルまで送ってもらう。支度をして街に出るが、調子に乗って薄着で出たのでとても寒かった。気温は0℃近くで雨も降っていたので、早々に切り上げ、次の日に備えてふて寝した。

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2006年2月20日 (月)

ライムズバッハの仮装パーティ

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<パーティー前にチームメイトと飲み始める>

 土曜は午前に練習、午後に試合があり、その後Reimsbach(ライムズバッハ)主催のFaschingparty(ファッシングパーティー・謝肉祭パーティー)へと突入していった。試合が終わったあと、パーティーが始まるまでクラブハウスでチームメイトとゲームをしながら飲み始めた。やつらにとっては何のパーティーかは関係なく、毎回そこで飲んで騒いで楽しむ。

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<変装するテレーゼ(左)と会長のエドガー(右)>

 このキリスト教の謝肉祭は、人や地域によってFasching(ファッシング)またはFastnacht(ファストナハト)またはKarneval(カーネバル)と呼ばれる。個人やグループで打ち合わせして同じ変装をして、パーティーを開いたり街を練り歩く。時間になると、クラブハウスにも変装した人たちが現れ始めた。

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<2軍監督のミヒャエル(右)たち>

 DJが古いドイツ語の音楽をかけ始めると、変装したおっさんやおばさんたちが踊り始めた。前回のクリスマスパーティーのごとくマイクを持ってカラオケを歌い始めるやつが出始めた。

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自分の世界に入って熱唱するチーム関係のオヤジ。
もちろん誰も聞いていない。

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更に暴走し、いすの上で三点倒立を試みるチーム関係者のオヤジ。
もちろん誰も見ていない。

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<調子に乗りケースに入ったビンを全部割る若者>

 そのままパーティーは続き、みんな飲んだり踊ったりはしゃいだ。俺はクラブハウスの近くの2軍監督・ミヒャエルの家に行き一泊させてもらう。次の日の朝、クラブハウスの掃除を少し手伝い、昼すぎに無事にザールブリュッケンに到着。飲みすぎたので、ランニングをして汗を流した。

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さらば、カンガルー

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<チームからもらったニュートレーニングシューズ>

 土曜の午前からチーム練習があった。風邪などで休んでいるやつが多かったけど、1時間ほどみんなで汗を流した。練習後はいつもの通りみんなでクラブハウスで昼食。もちろん会長の作ったボロネーゼ。
 昼食後、いきなり練習試合に駆り出された。全く試合の用意をしていなかったので、近くの2軍の監督ミヒャエルの家で試合まで待機。すねあてを借りて試合に出場した。

 試合前まで天気がよかったけど、ミーティングをしていたら急に雨が降り出してきた。試合は1軍から3軍、更にユースの選手をごちゃ混ぜにして戦った。敵も弱かったけど、Reimsbach(ライムスバッハ)もやりなれていない選手で編成したのでとてもやりにくかった。1点はPKで、もう1点はディフェンスの連携ミス。結果は4-2で勝利。

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<引退したカンガルー>

 この日は、愛用していたトレーニングシューズの最後の日だった。メーカー名はカンガルーズで値段は19ユーロ、ザールブリュッケンの街で偶然発見した。値段とその名前に惹かれ半分冗談で買ったわりには意外な力を発揮した。遠くから見るとナイキに見えるらしく、普通に軽いしけっこう丈夫だった。人工芝の試合にも何回か出場させて、以前負けたチームに見事リベンジを果たしたこともある。
 こいつの右足のアウトサイドにも穴が開き、とうとうお別れとなった。先週は、監督のウドに一度ゴミ箱に捨てられるというアクシデントもあったけど、拾いなおし最後のトレーニングへ。無事トレーニングを終え、一緒にシャワーを浴びて一度きれいにしてから引退セレモニーをした。

「痛みに耐えてよくがんばった。感動した!」

「おまえもまさしく強敵(とも)だった。」

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2006年2月18日 (土)

柔道クラブ Wemmetsweiler

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<ドイツの柔道仲間>

 ほんとに時々だけど、時間があるとドイツでも柔道をやる。俺の行っている柔道クラブは、ザールラント州のWemmetsweiler(ヴェンメツヴァイラー)という街にあり、クラブ名もヴェンメツヴァイラー。日本好きのドイツ人の友達がそこで柔道をやっているので、俺もそこに遊びにいったのがきっかけ。去年、練習もロクに出ていないのに選手登録をさせられ、団体戦の大会に出場し、ドイツでの柔道デビューを果たした。

 ドイツには部活がないので、サッカーでも柔道でも陸上でもクラブに所属することになる。そのクラブの所属の下で、リーグに参加したりトーナメントに参加したりすることになる。ドイツのサッカーリーグは日本でもブンデスリーガとして知られているけど、他のスポーツでも一番上のリーグはブンデスリーガと呼ばれている。卓球のブンデスリーガ、ハンドボールのブンデスリーガ、そして、もちろん柔道にもブンデスリーガは存在する。

 俺の所属するヴェンメツヴァイラーは、Bundesliga(ブンデスリーガ)、Regionalliga(レギオナルリーガ)に続く3番目のOberliga(オーバーリーガ)に所属している。団体戦はこのリーグで戦い、個人戦ではBundesligaに所属している選手もいる。
 練習はというと、日本の練習に比べればのんびりと平和に続く。いろいろなレベルの人や年齢の人が参加していて、疲れたらすぐに休憩になる。中には柔道一筋のドイツ人柔道家もいるけど、全体的には武道というよりも完全にスポーツとして浸透している。

 過去に何度か柔道の試合には召集されたけど、サッカーの試合があったので今まで一度しか柔道の大会には出ていない。そんなこともあり、まだ2月なのに監督から11月の大会の日程を知らされた。それまでにしっかり減量しとくように言われた。
 

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2006年2月14日 (火)

AとCの合同練習

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<Cユースの面子と練習後>

 
俺の所属するReimsbach(ライムスバッハ)のユースチームの2回目の練習があった。俺の担当するCユース(中学生年代)の前にFユース(10歳くらい)が練習していて、仲のいい子供のRobbyと「明けましておめでとう」を済ます。今度、「高原のサインと写真をもらって来て」と言っていた。

 今日の練習にはCユースと一緒に、時間と体力を持て余したAユースの何人かも参加した。2人組み、4人組でボールキープやパスの練習をしたあと、シュート練習をしてゲームに入った。1対1や2対2の練習で少し負荷を上げてみたら、ほとんどの選手が息を切らして疲れきっていた。休み明けでまだまだ体がなまっている。パスの練習でも、体の動かし方や考えたボールのもらい方に全然なれていなかった。最後のゲームではAとCユースを混ぜてやったので体格の差が出たけど、お互いが助け合って小さいCユースの選手もいいプレーをしていた。Cユース→俺→Aユースのトライアングルで奪ったゴールはこの日のベストゴールだった(はず)。

 ユースの練習後は、自分たちの練習が始まった。1軍が昨日練習試合だったので、今日はウォーミングアップのあと、軽くゲームをして終わった。
 昨日の試合の相手は一つ下のリーグの首位Hemmersdorf(ヘンマースドルフ)。急造ディフェンスの連携ミスで前半すぐに失点したけど、何とか同点に追いつく。後半は、ずっとライムスバッハペースで攻め続けたけど、なかなか点が入らず。PKっぽいファールも3回ほど審判に流されて、チャンスはあったけど得点に結びつかず、結局1-1で終了した。
 審判が両チームのファールを何回も見逃していたので、試合がどんどん荒れていった。相手フォワードの一人は負傷して泣きながら途中退場するし、その後、俺ともう一人の敵フォワードは乱闘気味になりみんなに止められた。試合後、チームメイトから、「お前、一瞬、カンフーみたいの出しただろ」と言われた。監督からは「あんだけファールされて、今日はまだおとなしくしてたな」と言われた。
 

 

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2006年2月12日 (日)

多国籍カフェ

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<左からチャド、トルコ、ドイツ、フランス、日本>

 語学学校で知り合いになった先生のところでパーティーがよく行われる。俺は日程が合わず、この先生の授業には5回くらいしか出ていないけど、たまにみんなで集まってイベントをやっている。クリスマスパーティーと仮装パーティーには参加できなかったけど、この日のカフェには参加できた。
 メンバーは、先生とその生徒や昔の生徒。この日は、日本、ドイツ、フランス、トルコ、ポーランド、クロアチア、チャド、ブラジル、アルゼンチン。

 授業中でもそうだけど、やつらは日本のことをよく聞いてくる。話を聞いていると、日本、中国、韓国の区別がついていないやつが多い。同じ言語を話していると思っているやつもいるし、ブルースリーやジャッキーチェンが日本人だと思っているやつも少なくない。あとは、寿司の話や日本とそれぞれの国との違いなど話題はいろいろ。
 よく言われてその通りだと思うのは、「日本は閉鎖的だ」とか「日本人の生徒は一人で飲み会などにほとんど顔を出さない」など。面白いと思った質問は、「日本にはNo(いいえ)と言う言葉はないのか?」。日本人はなかなかはっきり「No」と言わないからなのかもしれないけど、「そんなことはねーよ。」と答えた。

 最近は組み合わせも決まったので、ワールドカップの話も出てくる。同じグループで戦うブラジル、クロアチアと話していると横からフランスが口を挟んでくる。
 フランス大会で日本はクロアチアに1-0で負けたせいか、クロアチアは「日本はクロアチアに負けて予選通過できない。」とはりきっていた。だけど、次に会ったときは「この前はごめんなさい。実はクロアチアもそんなに強くないよ。」と謝られた。
 確かに、当時のフランス大会で3位になった時の主力メンバー、ボバン、プロシネツキ、スーケル、ヤルニなどと比べると今回は落ちている。けど、最後には「やっぱりミルコは強いね」ということで話はまとまった。

 

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2006年2月10日 (金)

ユースチーム練習スタート

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<教え子のブーン(左)、クリストフ(中)、ユリアン(右)>

 年が明けてからだいぶ経つけど、昨日ようやくユースチームの練習が再開した。教えているのは、俺が所属しているReimsbach(ライムスバッハ)のユースチーム。
 ドイツのユースのカテゴリーは、2年ずつ順番にAからFまで分かれている。Jugend(ユーゲント)がユースという意味で、その前にアルファベットをつけて呼んでいる。Aユースは17・18歳でA-Jugend(アー・ユーゲント)で、俺が教えている13・14歳はC-Jugend(ツェー・ユーゲント)と呼ばれている。
 始まったばかりでまだ練習に来ていないやつもいたけど、来たやつらと「明けましておめでとう」を済ます。軽く基礎練習をした後、ゲームを長めにやってみんなで楽しんだ。まだまだ体に切れがないので、これからしっかりトレーニングしていかないといけない。

 子供たちのトレーニングの後には自分の練習試合が控えていた。相手は一つ下のリーグのLebach(レーバッハ)。ユースの練習後すぐに試合だったので、子供たちと一緒に練習して体を温めた。
 試合は一方的で、何点入ったのか覚えていない(たぶん10対0くらい)。おれはリベロをやっていたけど、攻めっぱなしだったのでほとんど出る幕無し。相手が弱かったから結果だけ見たらいいけど、内容はまだまだ全然だめ。単純なミスが多くて、チームでの動きが全くできていないし、一人一人がその場しのぎの動きだった。相手がもう少し強かったら何もできないと思う。そのことでイライラしていて、汚いファールをされて相手選手と喧嘩してしまった。審判や味方になだめられて仲直りしたけど、もっと自分もチームもコントロールしないといけない。まだまだ青いな。

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2006年2月 6日 (月)

フォルクリンゲン 世界遺産の製鉄所

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<外から眺めたフェルクリンゲンの製鉄所>

 俺の住んでいるザールラント州は、人口100万人くらいのドイツ最小の州でなかなかさえないところだけど、世界遺産に登録された製鉄所がある。ザールラント州の州都ザールブリュッケンから車で15分くらい走ると、この製鉄所のあるフェルクリンゲンに着く。夜にはライトアップもされていて、車でアウトバーンを走っているとすぐに目に付く。これまでザールラントに住んでた約3年間、週の半分は車の中からこの製鉄所を眺めていたけど、中に入ったことは1度もなかった。ということで今回、とうとうこの世界遺産の製鉄所に乗り込むことになった。

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<工場と工場を結ぶ通路>

 
この製鉄所は1873年に建設されて以来、ドイツ帝国でも有数の製鉄所としてがんばっていたらしい。1986年に閉鎖され、1995年にはユネスコの世界遺産に登録された。
 現在、産業博物館になっているこの製鉄所は、入場料が大人で10ユーロ。昔の製鉄所の様子と工場跡の一部を利用して開催されている展示会を見ることができる。時々、コンサートが行われたりもしている。この日の夜には、ちょうど日本人指揮者によるブラームスのコンサートが行われる予定だった。
 チケットを買って中に入ると、まず始めに、工場跡を利用した展示場に出る(ここは撮影禁止)。中は暗くて、昔使われていたと思われるでかい機械がいくつも置かれていた。その間に、時期ごとにいろいろな展示品が置かれている。この日は、時代ごとのカメラの発展の様子と裸系の写真がたくさん展示されていた。

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<めちゃくちゃ小さい立ち入り禁止のマーク>

 
暗くならないうちにザーッと展示品を見てから、先に製鉄所跡を見学しに行った。みんなで、「これはロボコップの工場だ」だの、「ターミネーターだ」だの、「ファイナルファンタジーだ」だの言いつつ、反対側の工場跡に続く連絡通路に向かった。途中、めちゃ小さい看板にもつっこみつつ、金属がむき出しの工場内を歩いていった。


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<間近で見る工場跡地>

 今の時期は工場内の全部を見学できなかったけど、それでも結構広い範囲を歩くことができた。ヘルメットをかぶったガイドと一緒に工場見学ツアーをしている団体がいて、ところどころに暇そうにしている警備員が何人かいた。そのうちの1人は俺たちに「船木」と呼ばれていたが、その船木はあまりにも暇だったのか、工場跡の記念撮影をしていた。

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<工場内にあった輸送用トレイン> 

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<テリーマンをイメージしてトレインを止める俺>
 

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