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2005年12月の10件の記事

2005年12月31日 (土)

さらば2005年

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<主将の早川と。2005年も残り5分をきる>
 
 2005年3月に始めたブログだが、「2週間で終わるやろ。」という大方の予想を裏切り、無事大晦日まで続いた。今まで見てくれた人、ありがとう。

 ということで、今日はドイツから日本に到着して2日目。そして、大晦日。高校時代の主将・早川とともに23時前から外に出かける。車でぶらぶらすると、地元・清水の流行の最先端「エスパルス・ドリームプラザ(通称ドリプラ)」の周りには渋滞ができていた。カウントダウンのイベントがあるらしい。
 俺達は迂回して小さな神社へと向かう。そこの神社には人は少なかったけど、0時にお参りをする為にすでに人が並んでいた。派手なカウントダウンもなく、静かにお参りが始まった。

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2005年最後の2000万パワーズ

 12月29日にドイツを出て、30日に日本に到着。機内では、やれ鼻血が出たりだの、やれジーンズのチャックが壊れたりだの。成田には相棒のモリクン(もっちゃん、りーもー)が迎えに来てくれた。

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<品川駅にて>

品川から新幹線で実家の静岡へ。

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2005年12月29日 (木)

NISSAN CUP - ドイツの室内サッカー大会

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<トーナメント決勝戦の様子>

 12月28日から2日間、室内サッカーのトーナメントがあった。これがReimsbach(ライムズバッハ)にとって今シーズン2回目のトーナメント参加で、前回は16チーム参加のトーナメントで優勝した。今回の大会は20チームが参加していた。
 昨日の予選は5チームの総当たり戦で、4戦して4勝だった。各グループの上位2チームが今日の2次グループリーグに進んだ。俺たちは、死のC組みを1位通過した。

 今日の2次リーグは、4チームの総当たり戦だった。両グループの上位2チームが準決勝に駒を進める。
 初戦、チーム内で少しもめごとがあったけど、なんとか勝つことができた。この後、控え室でミーティングをし、「もっと楽しくやろう」ということで一致団結した。これでチームがまとまり、残りの2戦も勝ち、Reimsbachはグループ1位で準決勝に進んだ。

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<表彰式>

 すっかり勢いに乗ったReimsbachは、準決勝も全く危なげなく勝ち、決勝に勝ち進んだ。そして、決勝の相手はPerl-Besch(パール・ベシュ)。今日の2次グループリーグで一回対戦していて、その時は2対1の僅差で勝った。
 決勝前、会場のライトが消えて、選手がアナウンスとスポットライトと共に一人ひとり入場した。大げさな演出。
 決勝はまた僅差になるかと思ったら、完全にこちらペース。俺も1点をぶち込み、結局、7対1で大勝した。

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<トロフィーを囲んでみんなでグルグル回る>

 ドイツでは冬のシーズンオフの時期に、室内サッカーの大会が開催される。いくつかの大会があるけど、それぞれの大会ごとに賞金が用意されている。更にザールラント州では、大会ごとの成績によりポイントが加算されていって、合計ポイントの多い上位7チームがマスターズに参加できる。マスターズは、冬の最後に開催される室内サッカーの締めくくりのイベントで、成績上位7チームと前回優勝チームを含めた8チームで州のチャンピオンを決める。

 ルールは、日本で行われているフットサルのような感じでキーパーを含めた5対5で行われるけど、いくつか違うところもある。まず、スライディングタックルありで、ガツガツけずられる。この大会でも何人かが病院送りになった。そして、サイドラインからはキックインじゃなくて、手で転がしてボールを入れる。更に、会場によってはサイドの壁ありで、ボールがアウトにならない。これを15分1本勝負で行う。

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<トロフィーを前にして監督のUdoと食事>

 今回の1回戦で、チームメイトでキーパーのAlexが負傷して病院に運ばれた。代役として、キーパーでもない弟のStevenがプレーしたが、兄の穴をしっかり埋める働きをした。更に、もめたチームも最後には一つにまとまって優勝することができた。この勝利を病院のAlexに。

 俺は明日、また日本に飛び立つことになっているけど、今回の優勝で気持ちよくドイツを後にできる。1月16日まで滞在予定。

では、ドイツのみんな。Guten Rutsch ins neue Jahr!

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2005年12月25日 (日)

ドイツのクリスマス2005

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<広場で飛行中のサンタ>

 1ヶ月間続いたクリスマスが終わった。ここザールブリュッケンでもクリスマスツリーなどで街が飾られて、小さいけどクリスマスマーケットが登場していた。広場ではたまにサンタクロースがワイヤーで吊るされて飛んで来るセレモニーが行われていた。広場のそばのマクドナルドの横にはしごがあって、そこからサンタクロースが昇り降りしていたので、セレモニーの前後に多くの通行人に目撃されていた。

 23日の夜に旧市街広場のクリスマスマーケットに行ったら、トラックがたくさん横付けされていて、店が全部解体されているところだった。立ちながら飲んでいる人はいたけど、売り物は全部片付けられていた。
 24日の午後早くから25,26日とクリスマス休みで店が全部閉まってしまうため、24日の昼前に買出しに出かけたら、たくさんの人が広場で集会っぽいことをやっていた。

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<雪だるまのゴミ箱>

 ドイツ人たちはクリスマスを家族と家で静かに過ごす。なので、日本のように外に出かけることができない。店が全部閉まっている。24日の夜、チームの監督とチームメイトに家に来るようにせっかく誘われたけど、他でパーティーすることになっていたので断ってしまった。
 25日の朝は協会に行くみたいだけど、チームメイトに聞いたら、「朝から広場に集まってみんなで酔っ払う」と言っていた。チームの飲み会のエース・Muecke(ミュッケ)から連絡があったけど、この日はフランクフルト空港に行く用事があったため参加できず。
 
 フランクフルトからは、友達のアキラが2年半滞在していたドイツを後にすることになっていた。チェックインが終わってから3分後、搭乗券をなくしたことに気づきあちこち探すが、どこを探しても見つからず。結局、再発行してもらいなんとかゲートへと送り込んだ。今頃、飛行機の中だと思うけど、無事日本に着くことを祈る。

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2005年12月20日 (火)

クリスマスパーティー in Reimsbach

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<盛り上がる若者コーナー、酔っ払うカーステン(一番奥)>

 毎年恒例の1F.C.Reimsbach(ライムスバッハ)のクリスマスパーティーが開催された。クラブハウスにはチーム関係者や選手が大勢集まった。俺は用事があって遅れていったが、会場はまだまだ盛り上がり始める前だった。
 テーブルのほうには、会長や監督など年配組みが綺麗な服装をして座っていた。一方、反対側のバーのほうでは選手を含めた若者たちが、ここぞとばかりにタダ酒を飲んでいた。あいだに、お疲れの意味をこめて、チームに関係した人たちに花束などの贈呈があった。俺は、クリスマスプレゼントとして新しいチームジャージをもらった。

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<踊るチーム役員夫妻>

 しばらくして、DJがダンスミュージックを流し始めた。初めのほうは年配用に古いカントリー調の音楽が流れていたので若者がブーブー言っていたけど、ヒップホップがかかり始め若者もノリ始めた。年齢層が幅広かったからDJもたいへんだった。
 しまいには、いつも試合前に会場で選手紹介をしているオヤジが登場し、曲名やDJの名前をマイクで連呼し始めた。これが以外にいい声で場を盛り上げた。

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<マイクを持ち暴走する2軍監督Michael>

 司会進行はチームの2軍監督Michael(ミヒャエル)が担当していた。チーム関係者の紹介や花束贈呈などを盛り上げつつこなしていた。そして、音楽がかかり始めたあたりからMichaelも積極的にダンスに参加していた。更に、DJがドイツ語のカラオケの曲を流したところで、Michaelの一人舞台が始まった。客をあおりつつ、自分の世界に入っていった。

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<ノリにノッているMichael>

 その後、女同士の乱闘騒ぎなどもあったけど、無事次の日の朝に終了した。俺も含め、何人かの選手は、次の日の室内サッカートーナメントに参加した。

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2005年12月13日 (火)

独日協会クリスマスパーティー2005

 毎年この時期になると、ここザールブリュッケンでは独日協会クリスマスパーティーなるものが開催される。俺は去年・一昨年と参加できなかったけど過去2回参加している。参加しているのは、日本人留学生・サッカー選手・音楽家などなど。他にも、ドイツ人の関係者やザールブリュッケンの偉い人たちも参加してると思う。うちのチームの監督Udo(ウド)と奥さんのMarene(マリーネ)、JALで働いているドイツ人、ザールラント選抜チームの監督などもいた。

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<次のご馳走を待つ友達のアキラ>

 で、何をするかというと、まず初めに寿司が出てくる。それを食べながら、何かを飲みながら、席を立っていろんな人と話をする。しばらくすると、みんな席について正式に会が始まる。でも、俺はこの寿司をまだ食べたことはない。なぜなら、これまで時間内に会場にたどり着いたことがないから。寿司は人気で、いつもすぐに無くなっている。

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<琴の演奏を聴いてる>

 今回のオープニングは琴の演奏だった。食事が用意されて、その間にピアノやフルート、歌などが続いた。途中に何回かクリスマス関係の小話が入るけど、これがまた長い。司会者もノッテきてなかなかマイクを離さない。

 自己紹介コーナーでは、招待された日本人の学生やサッカー関係の人が前に出て1人ずつ質問される。もう最後のほうはみんな聞いてなかったと思うけど。最後は賞品をかけての抽選会。賞品は、キューバ旅行からカーペットや関係者の描いた絵まで様々。俺は当たった事はまだない。

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2005年12月11日 (日)

今年の最終戦 vs Huehnerfeld戦

 7月の終わりにリーグが始まって、これまで20試合が行われた。1シーズンを通して34試合が行われるけど、これから冬に入りいったんリーグが中断するため、この試合が冬休み前の最後の試合、今年最後の試合になる。

 この日の相手は、Huenerfeld(フューナーフェルト)。日本人の友達の1人・曽野(その、ぞの、ぞーのー)がプレーしている。このチームは現在リーグ最下位だけど、8月にホームで試合をした時には3対2で敗北した。今回は雪辱を晴らして、気持ちよく冬休みに入りたいところ。
 Huehnerfeldは、俺の住んでいるSaarbruecken(ザールブリュッケン)から車で10分以内のところにある。でも、前回同様、試合前にチームで軽い練習があったので、45分かけて一度Reimsbach(ライムズバッハ)まで行き、それから試合会場に行くことになった。

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<試合後、曽野、謎のオヤジ、ウド>

 ここのところ寒い気候が続いていたので、各地のグランドが凍っている。フューナーフェルトの芝のグランドも凍っていて、完全に使えない状態だった。ということで、この日は芝の隣の土のグランドでやらなければならなかった。しかも、その土のグランドもぬかるんでいて、やりにくいこと山の如しだった。
 グランド状況が悪いこともあり、両チームともどんどん前線にボールを放り込む形になった。俺はディフェンダーとしてオーバーラップもせず守備に専念した。リスク無く失点0でいけば、こっちのチャンスが来るだろうという、監督Udoの指示だった。
 けど、前半は0-0。フォワードのMarcoが何度もオフサイドにかかっていた。中盤でのタメがないってのもあるけど、この試合だけで20回くらいオフサイドになっていた。

 後半から、俺のマークしていた敵フォワードが交代した。交代で入ってきたのは、友達のJens(イェンス)。Jensはプロチームのユースの監督をしているけど、選手としてもまだ続けている。100キロを越す巨漢だが、元プロということもあって、動きは要所要所で機敏。ポストプレーとシュートがうまい。

 後半も、同じようにロングボール主体で攻めていったが、逆に、相手は中盤でもボールをつなぎ始めた。そういう指示があったのか、戦術が徹底されなくなったのかわからないけど、このことがライムズバッハの試合を楽に進めることになった。相手が中盤でミスをしてくれたので、カウンターでより多くのゴールチャンス作ることができた。先制点も相手の中盤でのミスから始まった。
 その後、コーナーキックのこぼれ球を決められ同点に追いつかれたけど、フォワードでキャプテンでもあるMarcoが技ありのループを決めて2-1となった。オフサイドにかかりまくっていたMarcoがようやく決めてくれた。

 この勝ち点3で、ライムズバッハの降格の危機はほとんど無くなった。選手たちの自信もだいぶ戻ってきて、これで安心してリーグの冬休みに入ることができた。後半戦は巻き返しを図りたい。友達のいるフューナーフェルトもがんばってもらいたい。
 そして、次の金曜から室内サッカーのトーナメントが始まる。5対5のフットサルのような感じで、場所によってはコートの回りが壁で囲まれたり囲まれなかったり。フットサルとの一番の違いは、スライディングタックルありのガチンコ。普通のサッカーよりも危ないとの噂もチラホラ出ているが、ガチンコのほうが俺には都合がいい。

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2005年12月 7日 (水)

利府高校、ザールブリュッケンにやってくる

 一昨日から、宮城県の利府高校がドイツに来ている。来ているのはスポーツクラスの生徒達で80人ほどいるらしい。昨日は、ザールブリュッケンの大学やスポーツシューレを訪れて、各スポーツごとに地元の人たちとの交流を行った。

 1週間前あたりからこの話を聞いていたけど、どこの生徒が何人来るのかは全く聞かされていなかった。ただ、監督のUdo(ウド)に「日本から高校生が来るから指導しろ」と言われただけ。
 ウドは10年ほど前に、宮城県のサッカー協会との関係で、宮城に3ヶ月ほど滞在したらしい。それからちょくちょく日本とドイツを行き来しているので、たまに日本からのサッカーチームとドイツで接する機会がある。俺は大体その場に連れて行かれる。
 
 ということで、俺は24人のサッカー部員を指導することになった。用意されたものはボール7個、ビブス10枚、マーカー。アシスタントとして、ウドの息子ダニエルがついた。ダニエルは現在、大学でスポーツを専攻している。
 練習では監督のアドリブ能力も必要とされる。選手の能力、人数、道具、天候や季節を考えて臨機応変に練習メニューを考えないといけない(ライセンス講習で習った)。長旅で疲れていて、しかも、一回きりの練習なので、ドイツやチェコで実際に行ってきた練習を紹介しつつ、ゲームを取り入れて楽しくやっていくことにした。

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<利府高校サッカー部員と>

 ウォームアップのメニューは、選手たちには少し物足りなかったかもしれない。でも、レクレーション的な単純なものだったけど、かなりのイージーミスが見られたと思う。それをわかってもらうために、次は一見単純に見える4人組のパス練習をした。まずは何も言わずに様子をみていたけど、足が止まっていたり、ファーストタッチが雑だったり、パスがずれていたりする選手が見られた。
 単純に見える練習でも、いくらでも改善する点はあると思う。次のプレーを考える事、数センチ単位でのトラップ、パスの強度や質は、プロになっても改善の余地はあると思う。

 ただ、利府高校の選手たちは、1回の指示でだいぶミスが減った。監督不在でも、練習の間、統率が取れていてとても指導しやすかった。このチームならもっと伸ばせるところはあるし教えがいもあると思った。
 
 利府高校サッカー部は、宮城県代表として全国高校サッカー選手権に初出場する。一回戦は12月31日、14:10から等々力競技場で。対戦相手は四日市中央工業。応援よろしく。

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2005年12月 5日 (月)

Davide BigaZziのシルバーアート

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<Davideの作品の数々>

 Davide Bigazzi
 フィレンツェ出身。デザイナーであり金属細工職人。14歳で金や銀でのメタルアートを始め、19歳では指導する立場にあった。Davideの作品は、銀を取り扱っているイタリアの会社により、世界中に輸出されている。平面的な葉をモチーフとした彼の傑作の数々は、同業者にもたいへん尊敬されている。
 キゼルとハンマーで作品の両面を彫っていく。作品はもちろんひとつひとつが手作り。主な作品は銀製品で、ブレスレット、指輪、ネックレス、皿、水差しなど。

 Davideの作品と遭遇したきっかけは、相棒のモリクン(りーもー、モリダバイ)のボス・陽子さん(前の記事参照)。陽子さんの知り合いがイタリアにいて、その人の紹介で陽子さん自身もDavideに会った。そして、実際にDavideの家にも行き、アトリエも見せてもらった。門から部屋まで自分で銀のデザインを施したらしい。
 Davideの作品はクリントン元大統領にも気に入られ、特別に9.11のテロの記念品として銀の皿のデザインを頼まれた。それがもとでDavideはアメリカに呼ばれ、今ではアメリカで自分の後継人の指導にも携わっている。

 上に世界中と書いたけど、陽子さんの知る限り、日本にはまだ多くの作品がたどり着いていない。Davideから直に、陽子さんのところにいくつかの作品が入ってきている。
 興味のある人は陽子さんのアトリエまで。作品がいくつか飾ってあります。

 http://www.atelier-foyer.com/

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2005年12月 2日 (金)

引越し完了

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<ドイツ人の友達に持ってかれたキン肉マン>

前回の回答&解説

問1 ラーメンマン、テリーマン、ソーメンマンのうち、コレクションにないのはソーメンマン。テリーマンは単体ではないけど、阿修羅マンに技をかけられている。
ちなみに、ソーメンマンはラーメンマンの親父。「キン肉マン」じゃなくて「闘え!ラーメンマン」の1巻に登場する。

問2 北斗の長兄ラオウ、次兄トキ、ジャギがいて、末弟ケンシロウ。トキの苗字は塩沢ではないと思うので、塩沢トキが正解。ちなみに上の4人とも養子で、ラオウとトキは実の兄弟。

問3 残念ながらパーフェクト超人(ネプチューンマン等)は持っていない。ロボ超人ウォーズマンは小さい頃いじめられていた。キン肉マンに出てくる初めての超人強度100万パワー。ちなみにバッファローマンは1000万パワー。

問4 ウォーズマンのスクリュードライバー、バッファローマンのハリケーンミキサー、阿修羅マンの阿修羅バスター。バッファローマンとモンゴルマンの合体技・ロングホーントレインは持ってない。この技を相棒のモリクンと何度か試したことがあるが、いつもどっちが上でどっちが下かもめる。

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