ヨハン・クライフ(Johan Cruijff)
1947年、オランダのアムステルダム生まれ。74年ワールドカップ西ドイツ大会にオランダ代表として出場し、トータル・フットボールという最先端の戦術でサッカー界に衝撃をもたらした。オランダは準優勝となるが、試合内容は優勝したドイツより高い評価を受け、その考え方は近代サッカーに大きな影響を与えている。
アヤックスやバルセロナでプレーし3度バロンドールを受賞。背番号14番を好んでつけていた。引退後は、アヤックスとバルセロナで指揮を執り、チャンピオンズリーグ優勝などを成し遂げている。
この本の原題は、
AJAX, BARCELONA, CRUYFF
The ABC of an obstinate Maestro
著者は、
Frits BarendとHenk van Dorp

95年9月、私は7年間務めたサッカーダイジェストを辞めてスペインに留学した。ヨハン・クライフのサッカーを見るために、バルセロナに渡った。・・・行ってヨハン・クライフのサッカーを日常的に見ることで、日本サッカーを「ああ、ここが間違ってるね、足りないね」と判断できるようになるのではないか。・・・
クライフのサッカーは、丸く囲んでパッと飛び散るサッカーだった。カンプノウのそそり立ったスタンドから見ていると、すべての選手が同じイメージを持ってプレーしていることがよくわかった。一方、加茂監督の試合や練習を見ていて感じるのは、各自が一生懸命ボールを追いかけるという根性だけだった。
監訳 金子達仁
<74年ワールドカップ決勝>
I 監督術と育成法
「私はすでにプレーヤーの時から、監督の目ですべてのプレーを見ていたのだと思う」
「コバチ(クライフがアヤックスでプレーしていたときの監督)は選手の自主性を重んじる指導者で、選手自身がフィールド上で自由に判断する余地を与えてくれた」
「甘やかされたプレーヤーは決して上達しない」
「そんなことをしろとは言っていない。洞察力の問題なんだ。ボールをとられてもちょっとした読みでカバーできる」(”ディフェンダーを追いかけて30メートルも走るのは無理だと思う”という中心選手の質問に対して)
「その年頃(15歳くらい)の少年は成長期なんだし、とりわけ、テクニックが光っている選手は落とすべきじゃないんだ。・・・小さければ小さいなりに、二つの長所があるんだよ。まず、小さいからこそ、フィールドの状況を注意深く観察し、相手に出し抜かれないように機敏な行動をとる。つまり、洞察力が格段に鋭くなるんだ。第二に、体格が劣っていても、技術的に優れているプレーヤーは両足使いになるものなんだ」
「若手プレーヤーは大きな可能性を秘めているから、多少のミスには目をつぶるべきだ。ミスはたいした問題じゃない。要はプレーしたいというひたむきな気持ちがあるかどうかということだ」
「純金は大切に守らなきゃならないからだ」(初期の頃、ライカールトをあまり使わなかった理由)
「わたしのチームにいる以上、守備的なプレーは許さない」
「私はテクニックと戦術の話しかしない。これが体力トレーニングを課す役割なら、私は戻ってこなかった。私も若い頃、森をランニングするなんてまっぴらだったからね」
「幸いにも私にはプレーヤーとしての経験はあった。だから、机上の理論と実践とは異なることがわかっていた。選手たちにも言葉で教えるだけでなく、ピッチ上でどうすべきかは実践で学ばせるべきものだ」
「選手たちの心理にまったく疎いわけではない。負けた試合の後、終わったことに対してくどくど言っても無駄なのはよく承知していた。だからそんな時は試合については一言も話さず、選手たちはそっとしておいた」
「特別に何かを教えたわけじゃない。彼(教え子のスペルボス)はもともと能力を持っていたんだ。いったんボールを持てば、的確なジャッジ、抜群のテクニックで40メートル以上のロングパスを出す。監督としてやるべきだったのは、そのロングパスの先に、受け手がいるように配慮しさえすればよかった」
「今や世界一の教育システムと言われているアヤックスだが、以前に比べて不満がある。個性を育てようとしていないからだ。その結果似たようなタイプの選手ばかりが出来上がる。まず教育する側が個性に気づいてやること、それが肝心なんだ。監督が型にはめてしまってはならない」
「あらゆる可能性があるのは間違いないんだ。むしろ怖いのは選手の可能性を指導者がつんでしまうことだ。その時私はしみじみ思った。こういう意見を言ってくれる人間がもっといてくれたらと」
「私は監督という仕事に就く時には最善を尽くしたい。だから私が情熱をかりたてられるようなチームでないと引き受けることはできない」
「選手といっしょに身体を動かせなくなった時が監督としての潮時だと思う。心の中では今でもプレーヤーの気分なんだ。選手とともにフィールドを走ることが喜びなんだ。それがあるからやっていけるようなものだ。・・・プレーヤーが週に5回練習するなら、そのうち2回は仲間に入れてもらって・・・・・・」
II クライフの戦術論
「戦術的な勘は教わって身につくことには限界があって、せいぜい影響を受けるといった程度のことでしかない。実に難しいものなんだ。だからこそ戦術ほど面白いものはない」
「シンプルなサッカーこそがいちばん難しいんだ。監督が頭を悩ませるのもそこさ」
「シンプルなプレーは同時に、最も美しいプレーでもある」
「本当は戦術についての考えはあまり明かしたくないんだ。なんといっても私の企業秘密だからね。しかし絶対に言えることはフィールドではどの選手もすべてのポジションでプレーできる力を身につけるべきだということだ。これは、頭で考えたわけじゃなくて、実践から学んだことだ」
「それ(80メートル走ること)を3度繰り返したところで、誰もほめちゃくれない。臨機応変に動くことだよ。同じ走るにしても、20メートルですむならそれにこしたことはないし、もっと短くだってできる」
「どこのチームの監督も、もっと動け、もっと走れの一点張りだろう?・・・サッカーは頭でするスポーツだ」
「攻撃しない、美しくないサッカーにいったい何の価値があるのだろうと」
「ゲーム終了後、ウイングのサッカーシューズは、タッチラインのチョークで白く汚れていなければならない」
III スタープレーヤー観
「私が最も自信を持っているのは戦術、つまり洞察力だ。テクニックを身につけ、それを生かすには、相手の動きを予測し、よいポジショニングをとることだ。・・・それから、右足、左足どちらでもプレーすることができた。これでプレーの幅がぐんと広がるんだ」
「現役時代の私を彷彿とさせるプレーヤーは誰かと聞かれたら、答えはいつも決まっている。マルコ・ファンバステンだ。彼のサッカーにはひらめきがある。・・・しかしそれだけじゃない。彼は繊細さを持ち合わせている。ファンバステンは美しいプレーヤーであり、真のプロフェッショナルでもあった。精神面でも彼は完璧だった。鋼のように強い心臓を持っていたからね」
「プレーヤーの育て方は千差万別だ。だから分析に分析を重ね、ディテールまで調べあげて、どんな可能性を秘めているかを見極めねばならない」
「才能ある選手は多いが、炎のようになれる選手は少ないんだ」
「能力のない選手ほど、他人のミスを責めたがる。・・・フィールドで真にリーダーたる者は、誰かがミスをしたとき素早く頭を働かせ、次のプレーに備えるのだ」
「(選手獲得の)判断基準は三つ。人格、能力、そして経費だ」
「優れたプレーヤーはペナルティエリアの中からラストパスを出す」
IV オランダ代表とW杯
「敗因は、ドイツ人の凄まじい闘争心に対抗できなかった。・・・私にとっても長いサッカー人生の中で一番ダメージを受けた出来事かもしれない」
「フィールドはできるだけ狭く、プレーはできるだけ広く」(準決勝ブラジル戦後半の作戦)
「規律を学ばせないと、選手も伸びていかない」
「後になって文句を言ったり、選手のせいにしたりする監督はチームの信頼を得られない」
「”確かに立派ですよ、だけど・・・”なんて、いつも最後に”だけど”がつくような考え方はよくないよ」(オランダ人の反応について)
V トラブルメーカーの真実
「自分の器以上のことに手を出しちゃいけなかったんだ。肝心なのは自分の力量を見極めることだ」(サッカー事業以外のことに手を出して失敗したことに関して)
「なるほどと唸らせてくれるような質問には、めったにお目にかかれない。くだらない質問から、気の利いた答えを期待するほうが間違っている」
「我々は美しいサッカーにこだわっていた。50のうち40は胸の躍るような試合をしたい。その40日のために日々戦っているんだ。逆に1年のうち40もいらいらするような試合をしていたのでは、それは私の考えるサッカーではない。だから(アヤックスを)辞任をすることにしたんだ」
「私は毎日大好きなサッカーに明け暮れ、彼ら(会長たち)は夕方まで会議、それに加わらずにすんで本当によかった」
「経営側は選手と異なる視点でサッカーを見ている。目指すゴールが違うんだ。選手のゴールはいたってシンプルだ。美しいサッカーをすること、サッカーを楽しむこと、そして勝つこと」
「才能を育てる監督よりもつぶしてしまう監督のほうが多いものだ。だから監督に目をつけられたからといって、よい結果につながるとはかぎらない」
VI バルセロナへの想い
「ここでリーグ優勝した時にいちばん感動したのは、どんな出来事だったと思う?”おめでとう”じゃなくて”ありがとう”と言われたことだよ」
「私はボスであると同時にプレーヤーなんだ。椅子に腰かけて眺めているだけのお偉い方とは違う。練習に加われる月曜日、木曜日、土曜日が待ち遠しかった」
「バルセロナは素晴らしいチームだった。最高の選手たちと巡り合えたと思っている。自分の求める理想のサッカーができた。この喜びは私にしかわからないだろう。選手たちはみな、とてもいいやつらだった」
「監督というのはもっと人間としての総合的な能力を用いる職業だ」
「私は日頃から、他人にしたことは、いつか自分に返ってくると思っている」
VII 素顔のヨハン・クライフ
「今日できなくても、来週できればいい、1年のうち2,3回いいプレーを見せれば充分だろうなんて考えるタイプじゃないんでね」
「ルール1--監督の言うことはいつも正しい。ルール2--監督が間違っていても、ただちにルール1が適用される。これ(昔ミケルス監督が言っていた口癖)は家でも重宝したよ」
「選手の時も監督の時も、周囲に壁のようなものを張り巡らせていた。やむをえないのさ。いつも攻撃の的だったからね」
「学校で運動する機会が減り、誰も街角でサッカーをしなくなり、食べ物の好き嫌いが激しくなった。たとえばそういうことが積み重なって、最近の選手は肉体的に弱くなってしまったんじゃないか。・・・人間の身体はどんどん弱くなっていると思う」